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山椿
やまつばき
作品ID57762
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十一巻 花匂う・上野介正信」 新潮社
1983(昭和58)年12月25日
初出「講談雑誌」博文館、1948(昭和23)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-09-08 / 2022-08-27
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 梶井主馬と須藤きぬ女との結婚式は、十一月中旬の凍てのひどい宵に挙げられた。
 主馬は二十五歳のとき亡き父の職を継いで作事奉行になった。それには世襲の意味もないではないが、彼にはその才能のあることが認められたのも慥かだ。作事奉行は建築営繕のいっさいを管掌する、城館、寺社の修復、表座敷から台所に至る諸什器調度の修繕、掃除、検査など、事務は複雑多岐にわたっているが、主馬は職を継いで一年と経たぬうちに、その適任であることを証拠だてた。然しこれは、主馬がとびぬけた俊才だという訳ではない、寧ろ彼は平凡な事務家であった。現実的できちょうめんで、なにごとでも類別し統計し、対照表に作ってみないと承知しないという風だ。母親が父に一年おくれて亡くなったあと、みちという従妹が主婦の役をしている。彼女は母親の末弟の遺した孤児で、十六の年に梶井へひきとられて来た。思わしい縁談もないうちに婚期が過ぎてしまい、自分でも諦めたのだろう、古流の生花と二条流の笛をせっせと稽古して、これで身を立てるのだと云っている。……こういう不遇な身の上にも拘らず、みちは陽気でものにこだわらない性質だった。明るい暢びやかな気分をつくることがうまく、家の中に適当な笑い声を絶やさない。だが主馬にはこれが軽薄でうるさく、苦にがしいだけだ。叱るほど不愉快でもないが、いっしょに笑うようなことはめったにない、却って事務のことで出入りする下僚たちが、若い叔母か姉にでも対するように、うちとけたようすで相談をもちかけたり内証で酒をねだったりする。主馬は別に小言は云わないが、決してそれを宜しいと思うことはできなかった。――須藤家との縁談が始まったのは九月のことだ。それから五十日あまり、細ごましたことで主馬はずいぶん気を労らせた。儀礼のほうは叔父の大沼兵庫に頼み、家うちの事は従妹に任せたが、それで済ましていることのできない性分だから、詰りは自分で指図する結果になった。そのうえ嫁の父親である須藤宗右衛門が、中老という身分にこだわるので、ともすると派手になりがちなのが、いっそう気持の負担だった。
「一生にいちどのことですもの、いいじゃあございませんか」
 みちはこう云って、なんでも新調しようとした。
「一生にいちどだから、慎ましくしなければならないんだ」
 主馬は役所の事務のように費用を削った。従妹は逆らわずに笑いながら、削られた物もたいていは買い調えるという風だった。
 結婚式はとどこおりなく終った。祝いの酒宴もなごやかに済み、招待客たちが帰ったあと、両家の親族だけで改めて盃がとり交わされた。それは半刻あまりかかった、そしてこれらの人々がいとまを告げたとき、いつか外は雪になっていた。――主馬はまだひと役ある、花嫁が仲人につれられて奥へゆくのをしおに、彼は別棟になっている隠居所へ顔をだした。そこでは役所の下僚たち十人ばかりが、彼…

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