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雪の上の霜
ゆきのうえのしも
作品ID57768
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十三巻 雨あがる・竹柏記」 新潮社
1983(昭和58)年11月25日
初出「面白倶楽部」光文社、1952(昭和27)年3月~4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2021-02-26 / 2021-02-07
長さの目安約 53 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 その仕事は簡単なものであった。街道に立っていて、荷物を(重たそうに)持っている旅人が来たら、あいそよく呼びかけて、こう云うのである。
 ――次の宿までその荷物を持ちましょう。つまり、馬や駕籠に乗るほどではないが、歩き草臥れて少しばかり荷物が厄介になった、という客のために、馬や駕籠よりも安価な駄賃で、荷物を持ってやる。というわけである。……これはもちろん三沢伊兵衛の新案ではない、妻と二人の、ながい、放浪の旅のあいだに、子供がやっているのを、幾たびか見たことがあった。みんな十歳前後の子供たちで、またそのくらいの者に適当した、ほんの小遣稼ぎにすぎないだろう。伊兵衛のように背丈が五尺八寸もあり、武芸で鍛錬した十七貫余もある躰躯では、不似合というより些か滑稽である。
 だがそんなことに構ってはいられなかった。妻が病気で倒れまる二た月も医者にかかり、現在なお滝沢の湯治宿で、予後の療養を続けている。また此処は合の宿で、さし当りほかに稼ぐ方法がなかった。彼としては、むしろ相当な思いつきだと考えたくらいであった。
 仕事そのものは簡単であるが、実際にやってみると(生業というものがすべてそうであるように)おいそれとうまくはゆかなかった。おちぶれてはいるが人品が違うし、躯もぬきんでているから、客のほうで誤解するらしい。こちらで呼びかけると、急に怯えたような顔になり、返辞もせずに駆けだす者があった。初めのうちはしばしばあった。また次には、親切な気持からして呉れる、と思うのだろう、たいそう恐縮して、途中もなにかと鄭重に話しかける。しょうばいのことや、時候気象のことや、不良な伜のことや、そのほか各種多様なことについて。……伊兵衛はもちまえの気のやさしさと、なにごとにも丁寧な性分から、相手よりもなお慇懃な態度で、熱心にあいづちを打ち、おどろいてみせ、感じ入り、適度に反対したり、あいそ笑いをしたりする。そうして、峠を一つ越えて仲山という宿へ着くと、相手は荷物を受取って、篤く礼を述べていってしまうのである。
 ――まことにおなごり惜しい。
 などと云うが、伊兵衛としても、まさか駄賃を呉れとは云えない。こちらもなごり惜しいような心持で、また次の客を物色する。といったような例もずいぶんあった。
 むろんそんなことばかりはなかったし、馴れれば調子もわかるから、十日ばかりするうちには、どうやら少しは稼ぎになるようになった。すると、世の中というものはむずかしいもので、こんどはべつの方面から、ぐあいの悪いことが起こってきた。というのは、街道の馬子や駕籠舁きたちが、いやな眼でじろじろ見たり、皮肉なようなことを云ったりする。
 ――もともと客の少ない街道で、こう稼ぎ手が多くてはやりきれない、これでは共食いである。
 ――だいたい建場に籍のない人間が、この街道で稼ぐというのは違法ではないか。
 そんな…

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