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陽気な客
ようきなきゃく
作品ID57784
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」 新潮社
1983(昭和58)年4月25日
初出「苦楽」苦楽社、1949(昭和24)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2020-03-30 / 2020-02-21
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ――仲井天青が死んだのを知ってるかい。知らないって、あの呑ん兵衛の仲井天青だぜ、きみが知らない筈はないんだがなあ。
七日七夜 酒を飲まず
アポロンの奏でる琴を聞かず
肉を啖わず ニムフを抱かぬ
(天青よおまえの顔は)
おちぶれたバッカスのようだ
 この端歌を作ったのはきみじゃなかったかね、おれはそうとばかり思ってたがね。
 ――なんだ、こんどはかすとりか、麦酒は一本きりか。ちえっ、わりときみもたいしたことはないんだな周五郎、きみなんぞ景気がいいと思ってたんだが。……平均して月にどのくらいになるかね、五千くらいかね。……ふうん、いや、そうだろうな、そのくらいのもんだろうな。……うん、いいよ飲むよ。
 ――ところで酔っちまわないうちに話すんだが、十八枚ばかしの短い小説の種はないかね、ライトモチイブの娯楽性のある筋が欲しいんだ、ある雑誌から頼まれたんだが、娯楽性のある小説なんておれには書けやしない。……おれはそんなものを書くために苦労してきやしないんだ。けれどもその雑誌社にはちょいとした義理みたいなものがあって、そこにはまたわけもあるんだが。……実はそれに金も多少は要るには要るのさ。と云ってみたところで些細なものなんでね、そのためにおれが娯楽ものを持って廻る理由はない。
 ――きみとはそこは立場が違うんだ。
 ――おれとしてはそこまでは品性を下げたくはないんだ。……うん注いでくれ。
 ――どうやら少しばかり人間らしくなってきたね、久しぶりだもんだから胃袋のやつ吃驚してるんだろう。それほどにはしけてるというわけもないんだがね、このところ腎臓が悪いような具合だったのさ。女房のやつが再来月また子を産むし、先月は先月でいちばん上の娘が入院しちゃってね、そんなごたいそうなものでもなかったんだが。……おれたち自由主義時代に育った人間は子供にあまくってだめだ。……きみ、病院なんていってもこの節はきみどうして馬鹿にはならない。
 ――本当に知らないかね仲井天青を。そうかなあそんな筈はないと思うんだがなあ。……本当に知らないとすればきみは不幸だ。仲井天青、……おれは涙が出てくる。
 ――小山内さんが土曜劇場、……だったか自由劇場だったか、いや土曜劇場だったな慥か、あれをやっていた当時のことを知ってるだろう、それと対抗して人間劇場というのを主宰していたのが仲井天青さ。詩も書いたらしい、が、シング風の一幕物ではかなりな評判をとっていた。「いったい誰が馬鹿だ」という一幕物なんぞおれは今でも忘れることができない、上演したときは劇団が悪かったもんで、ある批評家から「戯作者である」なんという下劣なことを書かれ、酔っぱらってそいつの家へ押しかけていったこともある。……あの頃はみんな純粋だった、金も無いし名もないが、みんな頭には月桂樹の冠をかぶっていたからね。きみなんぞとは違うんだ、きみな…

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