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日本婦道記
にほんふどうき
作品ID57807
副題墨丸
すみまる
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二巻 日本婦道記・柳橋物語」 新潮社
1981(昭和56)年9月15日
初出「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年9月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井和郎
公開 / 更新2019-11-22 / 2019-10-28
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 お石が鈴木家へひきとられたのは正保三年の霜月のことであった。江戸から父の手紙を持って、二人の家士が伴って来た、平之丞は十一歳だったが、初めて見たときはずいぶん色の黒いみっともない子だなと思った。
「お石どのは父上の古いご友人のお子です」
 そのとき母はこう云って彼にひきあわせた、
「ご両親ともお亡くなりになって、よるべのないお気のどくな身の上です、これからは妹がひとりできたと思って劬ってあげて下さい」
 母がそう云うとお石はそのあとにつけて、きちんと両手をそろえ、
「どうぞおたのみ申します」
 と云いながらこちらを見あげた。まなざしも挨拶の仕ぶりも、五歳という年には似あわないませた感じだった。平之丞はひとりっ子なので、時どき弟か妹がひとり欲しいと考えることがあった、けれども並みよりはからだも小さく、痩せていて色が黒くて、おまけに髪の赭いお石の姿は、少年の眼にさえいかにもみすぼらしくて、可愛げがなかった。――妹ができたといってもこれでは自慢にもならない、そう思ってちょっと頷いたきり黙っていた。
 お石ははきはきした子だった、縹緻こそよくないが明るい澄みとおるような眼をもっていて、なにか話すとき聞くときにはこちらをじっと見あげる、それは相手に自分のいうことを正しく伝えよう、相手の言葉をしっかり聞きとろうとするためのようだが、汚れのない澄みとおった眸子を大きく瞠ってまたたきもせずに見つめられると、なにやらおもはゆくなって、こちらのほうが先に眼をそらさずにはいられない。起ち居もきちんとしていた、みなしごという陰影など少しもないし、云いたいこと為たいことは臆せずにやる、爽やかなほど明るいまっすぐな性質に恵まれていた。もちろん平之丞の年齢ではそういうことに眼も届かず、元もと関心もなかったが、みっともない子だという感じだけはいつかしらうすれてゆき、一年ほど経つうちにはかすかながら愛情に似たものさえうまれてきた。鈴木家は上み馬場仲の小路というところにあり、五段ほどもある庭は丘や樹立や泉池など、作らぬままの変化に富んでいるため、同じ年ごろの友達が集まってはよく暴れまわった。彼らもはじめはお石には眼もくれなかったが、その性質がわかるにしたがってしぜんと好感をもつようになり、なにかあるとよくなかまにして遊びたがった。そのなかに誰よりもお石と親しくする松井六弥という少年がいた、松井は同じ老職のいえがらで、屋敷も近く、平之丞とはもっとも仲のよいひとりだった、彼にはお石と一つちがいの妹があるので、あしらい方も慣れているし、なにを好むかも知っているらしく、ときおり美しい貼交ぜの香筺とか、人形道具とか、貝合せとか、小さい白粉壺などを持って来て呉れたが、このように好意をもっている六弥でさえ、時どき嘆息するように「それにしても色が黒いな」と云い云いした。したがってほかの少年たちは、その…

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