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日本婦道記
にほんふどうき
作品ID57810
副題箭竹
やだけ
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二巻 日本婦道記・柳橋物語」 新潮社
1981(昭和56)年9月15日
初出「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1942(昭和17)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井和郎
公開 / 更新2020-06-15 / 2020-05-31
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 矢はまっすぐに飛んだ、晩秋のよく晴れた日の午後で、空気は結晶体のようにきびしく澄みとおっている、矢はそのなかを、まるで光の糸を張ったように飛び、[#挿絵]のあたりで小さな点になったとみると、こころよい音をたてて的につき立った。――やはりあの矢だ。家綱はそううなずきながら、的につき立った矢をしばらく見まもっていたが、やがて脇につくばっている扈従にふりかえって、
「そこにある矢をみなとってみせい」
 といった、扈従の者が矢立に残っているのをすべて取ってさしだした。四本あった。かれはその筈巻の下にあたるところを一本ずつ丁寧にしらべてみた、すると、はたしてそのなかにも一本あった、筈巻の下のところに「大願」という二字が、ごく小さく銘のように彫りつけてある。いま射た矢にもそれがあった、去年あたりからときどきその矢にあたる、はじめは気づかなかったが、持ったときの重さや、弦をはなれるときの具合や、いかにもこころよい飛びざまなど、いろいろなよい条件がそろっているので、ああまたこの矢かと思いあたるようになった。矢にもずいぶん癖のあるものだが、それほどはっきりと性のそろったものはめずらしい、それでよく注意してみると、思いあたる矢にはきまったように「大願」という文字が彫りつけてあるのだった。
「たずねることがある、丹後をよんでまいれ、西尾丹後だ」
 そう云って家綱は床几にかけた。扈従のひとりが走っていった。
 御弓矢槍奉行の丹後守忠長はすぐに伺候した。家綱はまだ十九歳であるが、三代家光の濶達な気性をうけてうまれ、父に似てなかなか峻厳なところがおおかった。弓矢奉行などがじかに呼びつけられる例は稀なことなので、丹後守は叱責されるものと思ったのであろう、平伏した額のあたりは紙のように白かった。
「ゆるす、近う」
 二度まで促されて膝行する丹後守に、家綱は持っていた一本の矢をわたした。
「その筈巻のすぐ下のところをみい、なにやら銘のような文字が彫ってある」
「はっ……」
「読めたか」
「はっ、仰せのごとく大願と彫りつけてあるかに覚えます」
「一年ほどまえより折おりにその矢をみる、どこから出たものか、いかなる者の作か、とり糺してまいれ」
「恐れながら」
 丹後守は平伏して云った。
「御上意の旨は御不興にございましょうや、もしさようなれば御道具吟味の役目として丹後いかようにもお詫びをつかまつります」
「いやそのほうは申付けたとおりにすればよい、なるべく早く致せ」
 丹後守はその矢を持ってさがった。
 将軍の御用の矢は、諸国の大名たちから献上されるものを精選し、もっともよい作だけをすすめることは云うまでもない、丹後守はみずから御蔵へいって、献上別になっている矢箱を念いりにしらべはじめた。ずいぶんの数だからそう早急にはわからなかった。それでしたやくの者にも手伝わしたが、三日めになってようや…

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