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日本婦道記
にほんふどうき
作品ID57813
副題風鈴
ふうりん
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二巻 日本婦道記・柳橋物語」 新潮社
1981(昭和56)年9月15日
初出「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年11月~12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井和郎
公開 / 更新2020-02-14 / 2020-01-24
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 妹たちが来たとき弥生はちょうど独りだった。良人の三右衛門はまだお城から下らないし、与一郎も稽古所から帰っていなかった。二人を自分の部屋へみちびいた弥生は縫いかけていた物を片つけ、縁側に面した障子をあけた。妹たちがきっと庭を見るだろうと思ったので、けれども妹たちはなにやら浮き浮きしていて、姉のこころづかいなとまるで眼にいらぬようすだった。
「きょうはお姉さまにご謀反をおすすめしにまいりました」
 そう云いながら部屋へはいって来た小松は、そのままつかつかと西側の小窓のそばへゆき、明り障子をあけて、
「そらわたくしの勝ですよ」
 とうしろから来る津留にふり返った、
「このとおり風鈴はちゃんと此処にかかってございます」
「まあほんとうね、呆れたこと」
 津留は中の姉の背へかぶさるようにした、
「わたくしもうとうに無いものとばかり思っていました、それではなにもかも元の儘ですのね」
「なにを感心しておいでなの」
 弥生は二人の席を設けながら訊いた、
「その風鈴がどうしたんですか」
「津留さんと賭けをしたんですの、風鈴がまだ此処に吊ってあるかどうかって」
「おかげでわたくし青貝の櫛を一枚そん致しました」
 くやしいことと云いながら、津留はつと手を伸ばし、廂に吊ってある青銅の古雅な風鈴をはずして、そのまま窓框に腰をかけた。小松は妹の手からすぐにその風鈴をとりあげ、なんの積りもなく両手で弄びながら、ここへ来る途中からの続きらしい妹との会話をつづけた。
「……そうなのよ、なにもかも昔どおりなの、このお部屋にある箪笥もお鏡台も、お机もお文筥もお火桶も、昔のままの物が昔のままの場所にきちんと据えられて一寸も動かされない、そういう感じなんです」
「いったいお姉さまはそういうご性分なのね、それともう一つそう思うのだけれども、このお家には色彩というものが少ないのよ、武家だからという以上に、わたくしたちの髪かたちにしろ衣装にしろ、お部屋の調度にしろみんなじみなものくすんだ物ばかりで、娘らしい華やかさ、眼をたのしませるような色どりはまるで無かったのですもの」
「それはつまり若さが無かったことなのよ」
 小松は風鈴をりりりりと鳴らしながらそう云った、
「わたくしがそう気づいたのは百樹へとついで、あちらの義妹たちの日常を見てからだけれど、世間の娘たちがどういう暮しぶりをしているかということを知って、おどろくことが少なくありませんでしたよ」
「それは百樹さまとこの家ではお扶持が違いますもの、ねえお姉さま」
「そうではないの」
 小松はうち消すようにさえぎった、
「わたくし贅沢や華奢を云うのではないのよ、一生のうちのむすめ時代というもの、そのとし頃だけに許される若さをいうんです、そしてこれはなかなか大切なことなんです、なぜかというと百樹へ嫁してからの生活で、お部屋の飾り方とかお道具の調えよう…

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