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赤ひげ診療譚
あかひげしんりょうたん
副題05 徒労に賭ける
05 とろうにかける
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十一巻 赤ひげ診療譚・五瓣の椿」 新潮社
1981(昭和56)年10月25日
初出「オール読物」1958(昭和33)年9月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2018-10-24 / 2018-09-28
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「病人たちの不平は知っている」新出去定は歩きながら云った、「病室が板敷で、茣蓙の上に夜具をのべて寝ること、仕着が同じで、帯をしめず、付紐を結ぶことなど、――これは病室だけではなく医員の部屋も同じことだが、病人たちは牢舎に入れられたようだと云っているそうだ、病人ばかりではなく、医員の多くもそんなふうに思っているらしいが、保本はどうだ、おまえどう思う」
「べつになんとも思いません」そう云ってから、登はいそいで付け加えた、「却って清潔でいいと思います」
「追従を云うな、おれは追従は嫌いだ」
 登は黙った。
「われわれの中で、もっとも悪いのは畳だ、昔はあんな物は使わなかった、水戸の光圀は生涯、その殿中に畳を敷かせなかったという、それは古武士的な質素と剛健をとうとぶためだと伝えられるが、そうではない、事実はそういう気取りだったにしても、住居のしかたとしては極めて理にかなっていた、現に畳というものが一般に使われるようになった元禄年代まで、二千余年にわたって板敷の生活が続いていたことでもわかることだ」
「敷き畳という物はあったのですね」
「それは貴人の調度であり、儀礼とか寝るときに使うだけで、板敷という基本に変りはなかったのだ」と去定は云った、「板敷がもし合理的でなかったとしたら、すでに敷き畳があったのだから、もっと早く畳というものが一般化されていたに相違ない」
 道は坂にかかっていた。七月中旬の午後三時、暦の上では秋にはいったのだが、暑さは真夏よりもきびしかった。その日は微風もなく、空は悪意を示すかのように晴れていて、うしろから照りつける日光は、まるで手に触れることのできる固体のように、立体的な重さが感じられるようであった。登はもちろん、薬籠を背負った竹造も、着物の背中や二の腕あたりは汗ですっかり濡れているし、額から顔、衿首などにながれ出る汗を拭くのにいそがしかったが、去定はまったく汗をかいていない。――登はこのことを夏にかかるころから気づいていた。脂肪質ではないが、去定は固太りに肥えている。両腕や広い肩には筋肉が瘤をなしており、手も大きいし指も百姓のように太い、腰だけは若者のように細くひき緊っているが、ざっと見た眼には年老いた牡牛のような感じを与える。――したがって、暑さも人一倍だろうと思うのだが、どんな日盛りの道でも平気で歩くし、決して汗というものをかかない。暑いなどと云わないことには驚かないが、汗を一滴もかかないということは、登にはわけがわからなかった。
 ――先生は暑くないのですか。
 或るとき登はそう訊いてみた。去定は言下に、暑いさ、と答えた。それがどうしたといわんばかりの返辞なので、登は汗のことまで訊く気にはならなかったのである。
「この国の季候は湿気が強い、畳はその湿気と塵埃の溜り場だ」と去定は続けていった、「ためしにどこの家でもいい、そしていま煤掃…

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