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海からきた卵
うみからきたたまご
作品ID57857
著者塚原 健二郎
文字遣い新字新仮名
底本 「赤い鳥傑作集」 新潮文庫、新潮社
1955(昭和30)年6月25日
初出「赤い鳥 第二十一巻第五号」赤い鳥社、1928(昭和3)年11月号
入力者sogo
校正者noriko saito
公開 / 更新2017-08-07 / 2017-07-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ミル爺さんは貧しい船乗りでした。若いときからつぎつぎに外国の旅をつづけてきましたので、もう今では大がいの国は知っているのでした。ところがただ一つ日本を知らなかったのです。いつも、印度を通って支那へやってくる爺さんの船は、上海で用をすますと、そこから故郷のフランスの方へ帰っていってしまうのです。
「日本へ行ってみたいな。そしたら、もう船乗りをやめてもいい。」
 爺さんはながい間、海の向うにある桜の咲く小さな島国を、絵のように美しく眼にうかべながら、心につぶやくのでした。
 この爺さんが、ある日船長から、今度の航海には日本まで行くことになった、ときかされたときのよろこびようたらありませんでした。
「セルゲイ、お爺さんはね、日本へ行くんだよ、日本へ。おまえには、何をおみやげに買って来てやろうね。」
 爺さんは、その晩家へかえると、孫のセルゲイをつかまえて、酔っぱらいのようにいくどもいくどもいうのでした。
「ぼく、大将の着た赤い鎧がほしいなあ、かぶとに竜のとまった。」
 セルゲイは言いました。いつか絵本で、日本の大将が、まえだてのついた冑と緋おどしの鎧をきて、戦争に行く勇しい姿をみたことがあったからです。
「よし、よし。」
 爺さんはにこにこして言いました。
 ミル爺さんは、船が長い波の上の旅をつづけている間も、毎日のように受持の甲板の掃除をしながら、日本の港へついたときのことを考えて、胸をわくわくさせていました。爺さんの船は、印度、支那と過ぎて、やがてようようのことで日本につきました。
 爺さんは、船が神戸や横浜の港に泊っている間じゅう、めずらしい日本の町々を見物するために、背の高い体を少し前こごみにして、せっせと歩き廻りました。そして大きな百貨店で、首の動く張子の虎だとか、くちばしで鉦をたたく山雀だとか、いろんなめずらしいものを買い集めて、持っていたお給金を大方つかいはたしました。
 ある骨董屋の店先で、セルゲイの言ったのにそっくりの、竜のついた冑と赤い鎧をみつけ出したのは船が出帆しようとする前の日でした。
「やア、セルゲイのほしがっている鎧だ。よしよし買って行ってやろう。」
 爺さんは、さっそく店に入っていって、船の中で習い出したばかりのまずい日本語でたずねました。
「これ、いくらですか。」
「百五十円です。」
 骨董屋の主人は、じろりと爺さんのみすぼらしい服をみて、ぶあいそうにこたえました。
 爺さんは、百五十円ときいて、がっかりしましたが、それでも念のため、
「少し、たかいです。」と、言葉をつづりつづり申しました。
「いくらならよろしいのですか。」
 そこで、爺さんは、もういくらも入っていないがま口をしらべました。中には十円紙幣が二枚入っていたきりです。
「二十円に。」
 爺さんは一生けんめいに申しました。
 主人はあまり値段がちがうので、少し腹を…

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