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狂気の山脈にて
きょうきのさんみゃくにて |
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作品ID | 57858 |
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原題 | AT THE MOUNTAINS OF MADNESS |
著者 | ラヴクラフト ハワード・フィリップス Ⓦ |
翻訳者 | The Creative CAT Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | The Creative CAT |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2016-08-20 / 2019-11-22 |
長さの目安 | 約 243 ページ(500字/頁で計算) |
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一
理由を知らぬ科学者たちが忠告を聞き入れなかったため私はこの陳述を余儀なくされた。現在意図されている南極への侵入――大規模な化石狩りと大掛かりなボーリング及び太古の万年氷雪の融解とを伴う計画に反対する理由を述べることは、全く以て私の意に反するのだ。私の発する警告が無駄になるかもしれないと思うと、尚更気が進まない。私はリアルな事実を開示しなければならないのだが、それらに対する疑念は当然起こるべきものである。だが、途方もないもの、信じ難いものを除いてしまえば後には何一つ残らないだろう。これまで発表を見合わせてきた写真、通常の写真も航空写真もあるのだが、それらは忌々しいほど鮮明かつ写実的なので私に味方してくれるはずだ。それでも尚、それらは巧妙な捏造が可能な遠距離撮影であるため疑われることになろう。インクによる線画は無論のこと明白なぺてんだとして馬鹿にされて終わりだ。美術の専門家を瞠目させ当惑させる技巧上の特異性にも拘らず。
最終的には科学界の指導的人物たちに判断を委ねる必要がある。一方で私自身のデータが持つ悍ましくも信頼に足る真価を、大いに当惑するような原始神話群の光に照らして評価できるだけの自立した思考を持ち、また他方で世界の探索者たちに対して、かの狂気の山岳地帯に押し寄せ野心的に過ぎる探査計画を試みることのないように思いとどまらせるだけの影響力を持つ少数の科学者たちだ。激しく突飛でありまた高度に論議を呼ぶタイプの事柄が関わる場合、私自身や同僚を含め小さな大学にしか繋がりのないどちらかというと日陰者の研究者が、世人に印象を与えられる機会をほとんど持たぬことは不幸な事実である。
更に、主に関係してくることになった分野において我々が厳密な意味での専門家というわけではない点が不利に働く。いち地質学者として、私がミスカトニック大学調査隊を率いた目的は南極大陸の様々な地点の深い地層から岩石と土壌の標本を採取することに尽きるのであって、これを本学工学部のフランク・H・ピーボディ教授の考案になる注目すべきドリルの力を借りて行おうとしたのだ。それ以外の分野におけるパイオニアになろうなどと思ったことはなく、ひとえにこの新装備を用いて既に探索された経路上の異なる地点をいくつか当れば、従来の採取法では到達できなかった種類の物質を白日の下に晒しうるだろうと踏んでいたのである。我々の報告によって衆知となった通り、ピーボディ型掘削装置は、その軽量さと可搬性とに加え、通常の掘抜用ドリルの原理と円形小型削岩機の原理とを組み合わせる能力によって、硬度が様々に変化する地層にも柔軟に対応できる点で独創的かつ革新的だった。鋼鉄製ドリル頭部、連接棒、ガソリンエンジン、折畳式木製デリック、発破道具一式、ケーブル類、廃土除去用オーガー、幅十五センチメートル強全長三百メートル強までの掘削孔に対応で…