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『雪華図説』の研究
『せっかずせつ』のけんきゅう
作品ID57860
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第二巻」 岩波書店
2000(平成12)年11月6日
初出「画説 第二十五号」東京美術研究所、1939(昭和14)年1月1日
入力者kompass
校正者岡村和彦
公開 / 更新2016-12-28 / 2016-09-09
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 緒言

 我が国が世界における文明国の中で有数の雪国であることは周知の事柄である。しかし雪に関する研究は今まであまりなされていないので、わずかにこの『雪華図説』と、少しく趣を異にするが鈴木牧之の『北越雪譜』ぐらいがあげられるだけである。このように量において極めて乏しいのであるが、その中『雪華図説』の方は、現代科学の眼から見てもかなり優れた研究であると思われる。『雪華図説』は、天保三年(西暦一八三二年)下総古河の城主土井利位によって刊行されたもので、その中には八十六箇の雪の結晶の虫眼鏡による摸写図が載せてある。そのうち観察の年時を記載してないものが三十八箇、文政十一年観察のもの二箇、同十三年十箇、天保三年のもの三十六箇が算えられる。これらの摸写図を仔細に点検すると、その大部分のものは極めて自然に忠実な観察と思われるものが多い。以下その摸写図の数例につき、私が北海道で撮影した雪の結晶の顕微鏡写真と比較しながら、この研究の優れたものである所以を説明する。

二 摸写図と顕微鏡写真との比較

[#挿絵]
第一図

 第一図は六角板の例であって、この種の雪は水蒸気が比較的少い時に出来る。我が国では後述の樹枝状の結晶に比し、観測回数が少くまた大きさも小さいことが多い。(B)の写真は札幌で撮影したものであるが、十勝岳の三千五百尺位の高さの所では、この十分の一くらいの小さい角板が沢山観測される。その方は結晶生成初期の状態である。そういう小さい角板から順次大きい角板に生長するので、内部に色々の模様が出来る。(A)の摸写図にもそれが描いてある。
[#挿絵]
第二図

 第二図はこの角板に微水滴が附著したものである。地表に近い所に雨雲の層がある時、これらの雨雲は零度以下の気温の時も過冷却された微水滴の状態でいることが多い。角板の雪が上層で出来て落下して来る時、この雨雲の層で雲の粒子が結晶に凍りついて来る。第二図(B)に附著している粒の直径を測ると大体従来知られている雲の粒の大きさと一致する。(A)の摸写図はこの雲粒付結晶を示すものであろう。この微水滴は凍りつく時下の結晶の影響を受けて、自身も結晶質の氷になることが多い。(A)の粒が角柱を横から見たような形に描いてあるのは、そのことに気がついていたのかも知れない。(※附記参照)
[#挿絵]
第三図

 第三図(A)は辺が糸捲き型に彎曲した六角板である。この形の雪の結晶は、同図(B)の型を示しているものと思われる。この(B)は、六角板の結晶が、落下途中少し水蒸気の多い層へくると、角から枝が出始めるのであるが、その出始めの状態を示すものである。すなわち丁度その状態の時地表に達して、吾々の眼に留ったのである。内部の構造は落下途中昇華作用という現象のために消えてしまうこともあるので、従って同図(A)のように見えることも有り得る。
[#挿…

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