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兎の耳
うさぎのみみ
作品ID57862
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第二巻」 岩波書店
2000(平成12)年11月6日
初出附記以外「中央公論 第五十四年第二号」中央公論社、1939(昭和14)年2月1日<br>附記「続冬の華」甲鳥書林、1940(昭和15)年7月1日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2020-05-18 / 2020-04-28
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 兎の耳はだてについているものじゃないという話をこの頃聞いて大変面白かった。
 その話をしてくれたのは、某大学の若い医学者のTさんである。Tさんは大変な勉強家で、毎晩二時まで本を読んで、朝は六時に起きて研究室へ出かけて行くという変り者なのだそうである。そして汚い研究室の片隅で、兎の耳に注射をしたり、私の腕にも注射したり、兎と人間とをちゃんぽんに取扱ってくれるのである。もっとも貴族院の領袖でも、大変なお金持でも、皆この実験室で兎のお仲間入りをしているのだから、私などは兎並みに取扱われてもそれで充分有難いのである。
 Tさんは前に兎に発熱療法を行って見ようと思って、硫黄を注射したことがあったそうである。ところが人間の場合ならば大変の高熱を発する量に相当する以上の分量を注射して見ても、兎は一向平気な顔をしていた。どうも可笑しいと思って分量を段々増して行っても、体温の方はちっとも上らない。そこでTさんは、兎の耳のことを考えて見たのだそうである。ああいう広い表面積を持ったものがついていて、そこに太い血管が沢山走っているのであるから、熱の放散器としては申分ないものである。それで兎の耳の効用の一つとして、体温の調節に何か役立つのではなかろうかという点に気が付いた。それで早速薬品をつけて兎の耳をとってしまった。それに前と同じように硫黄を注射して見たら、果してどんどん体温が上ったので、これある哉と思ったそうである。
 Tさんは別に動物学者ではないのだから、兎の耳の効能を研究したのではない。従ってこんなことは、動物の方の専門家に言わせたら、とっくに分っていることかも知れない。しかしそんなことは初耳だという動物学者もあるところを見ると、案外知られていないことかも知れない。それはどうでも良いこととして、この話は私には大変面白かった。それというのは、兎ならまだ幾分人間に近いかも知れないが、この頃は鳩なんかでやってみた実験の結果を、すぐ人間に適用しようという話が新聞に出たりして、少々悸えていたからである。
 こんなところで引き合いに出すのは気の毒なのであるが、この頃胚芽米が大変に普及して、そして評判もよいらしいので、その勢いが溢れて、白米禁止というような話が一時要路の人の間に本気で論ぜられるまでに到ったので驚いたことがある。もっともその話は沙汰止みになったようで、安心したのであるが、とにかく一度は閣議の席上での論議にまで上ったのであるから、本気の話としたら、またいつぶり返すかも知れないので、まだ安心は出来ない。特に、これも新聞で見ただけであるが、大阪では白米禁止を実行したとかするとかいう話さえある位だから猶更である。もっとも大阪という所は妙な所で、中学の入学試験を国史一課目にしたり、小学校の児童に靴を禁止して、新しく下駄を買わせたりする所なのだから、白米の禁止くらいはやりかねないのかも…

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