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大謀網
だいぼうあみ
作品ID57868
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第二巻」 岩波書店
2000(平成12)年11月6日
初出「東京日日新聞夕刊」1939(昭和14)年1月12日~13日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2020-03-16 / 2020-02-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 伊豆の伊東の温泉の沖合に、大謀網が設置されていたころの話である。
 高等水産学校につとめているI君が漁撈の視察にやってきて、大謀網を見に行きませんかというので、一緒に出掛けることにした。I君は心得たもので、土地の水産組合へ行って名刺を出して、大謀網の魚を運ぶ船に乗せてもらうようにすっかり手配してくれた。
 四月のことで、海の風はまだなかなか寒い。小さい発動機船の中には、部屋らしいものもないので、機関のそなえつけられている穴のような所へもぐり込んで、首だけ出して親方らしい人に色々説明をききながら行った。
 半里ばかりの沖合に、旗が二本ひらめいている。太い孟宗竹を何十本と束ねて縛ったものを浮標にして、重い錘をつけておくと、それが海の中でいわゆる定置網の拠点になるのである。そういう拠点になる大きい浮標が二つあって、その各々には旗を立てて目印にしてある。二つの浮標の距離は四町もあるという話であるが、海の中では、それがまるで二本並んでいるように見える。
 船が近くへ行くと、この二つの拠点の浮標をつらねて、同じような孟宗竹の浮標が沢山海上に浮んでいるのが見えてくる。それらの浮標は、旗印を両頂点に持った紡錘形をなして水上に配置されている。この紡錘形はそれで長さが四町になるわけで、幅も七十間という厖大なものである。
 網はこの紡錘状に配置された浮標から水中に垂れ下っているのであって、たっぷり海底まで届いている。そして網の底は一枚に続いて海底を蔽っているのであって、いわば途方もなく大きい紡錘形の口を持った[#挿絵]網を海上に浮かべたようなものである。もっともそれでは魚のはいる口がないので、紡錘形の腹の一部が切れて入口になっている。
 その入口の一方の浮標からはまた他の沢山の浮標が長く続いて真直ぐに伸び出ている。そしてそれらの浮標からは、一枚の網が水中に垂れ下って底まで達しているのだそうである。それは垣網というのであって、大抵はこの垣網はその地点の潮流の方向と大体垂直になるように配置されている。
 魚たちは、潮流に沿ってやってきて、この垣網につきあたる。そうすると、魚は本能的に廻游の方向をかえて、網に沿って沖の方へ行くのだそうである。垣網はいつも大謀網の入口から、海岸の方へ延び出るように作ってある。それで、垣に沿って沖の方へそれた魚たちは、いつの間にか、大きい[#挿絵]網の入口に誘ひ込まれて[#「誘ひ込まれて」はママ]しまう。入口の両側からは、この[#挿絵]網の内方に向って短い垣網が二つ建っている。それがちょうど弁のような作用をして、一度大謀網の中へ誘い込まれた魚たちは、いつまでも周囲の網の面に沿って、ぐるぐる泳ぎ廻っているのだということである。原理からいえば、こういう大規模な大謀網でも、琵琶湖の葦簀でも、子供たちの使う魚とりの竹籠でも全く同じものらしい。
 垣網は藁で作って…

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