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自然界の虚偽
しぜんかいのきょぎ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「進化と人生(下)」 講談社学術文庫、講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「教育学術界」1907(明治40)年1月
入力者矢野重藤
校正者y-star
公開 / 更新2018-05-20 / 2018-05-06
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 天真爛漫ともいい、「天に偽りはなきものを」ともいうて、天には偽りはないものと、すでに相場が定まっているようであるが、その天の字を冠らせた天然界はいかにと見渡すと、ここには詐欺、偽りはきわめて平常のことで数限りなく行なわれている。そのもっともいちじるしい例は小学校用の読本にもでているゆえ、普通教育を受けた者なら誰も知っているであろう。
 動物には自身を他物に似せて敵の攻撃をのがれるものがいくらもある。南洋に産する「木の葉蝶」、内地いたるところに産する「桑の枝尺取り」などはその最も知られた例であるが、「木の葉蝶」は翅の表面のあざやかなるに似ず、その裏面は全く枯葉のとおりで、葉脈に似た斑紋があり、虫の食うた孔のごときところもあり、加うるに翅の全形が木の葉の形と寸分もたがわぬゆえ、翅をたたんで枝にとまると、たとい目の前にいても、真の枯葉とまぎらわしく、とうてい発見することはできぬ。また「桑の枝尺取り」というのは一種の蛾の幼虫で、色も形も桑の短い枝と少しもちがわぬゆえ、この虫が幹からある角度をなして立っていると、だれが見ても、真の桑の枝であるとより思われぬ。百姓がときどきこれを真の枝と間違えて土瓶などを懸けると、もとより柔かい虫のことゆえ、グニャリと曲がり、そのため往々土瓶を破ってしまうことがあるので、この虫を一名「土瓶破り」という地方のあるのはもっともなことである。これらは決して珍しい現象ではなく、昆虫類ではきわめて普通なことで、蛾の類などには樹の皮にまぎらわしい色彩、斑紋を有するものがいくらもある。現在そこにいながら、あたかもおらざるごとくに装うて、敵の攻撃をのがれるのであるから、あたかも宅にいながら、借金取りの攻撃をのがれるために不在を装うのと同じで、いずれもまぎれのない詐欺である。
 また動物には他物に身を似せて餌となるべき動物を引き寄せるものがある。樹の葉の上を徘徊する一種の蜘蛛は身体の色が全く鳥の糞のとおりで、足をちぢめて静止しているときには真の鳥の糞と区別することが困難である。しかしながらもしそこへ蝶が飛んできて、鳥の糞と誤ってその上にとまると、蜘蛛はたちまちこれを捕え殺して血を吸うてしまう。また同じく樹の葉の上にいる蜘蛛に「蟻蜘蛛」と名づける一種があるが、これは身体の形状も、色の具合も全く蟻のとおりで、一見したところでは蟻そのままである。蟻は他の昆虫と同じく六本の足と二本のひげとを持っているが、蜘蛛には八本の足があるだけでひげはない。しかして普通の蜘蛛ならば、八本の足で歩くはずのところを、蟻蜘蛛は第二対以下の六本の足で歩き、第一対の足はあたかも蟻のひげを動かすごとくにつねに動かしている。かくして挙動までが蟻に似ているゆえ、蟻は知らずしてその側へきたり、たちまちこの蜘蛛に食われるのである。アンコウという魚は蝦蟇口に尾をつけたようなきわめて口の大きな魚で…

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