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旅人
たびびと
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「林芙美子全集 第五巻」 文泉堂出版
1977(昭和52)年4月20日
入力者しんじ
校正者阿部哲也
公開 / 更新2018-11-16 / 2018-10-24
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 斷崖絶壁の山道を往復四十里して、吉野川の下流、白地の村まで下つて來ると、恍惚の景色にも大分辟易して來てゐて、乘合自動車もろとも、河の中へ眞逆さまに落ちこんでしまひたくなつてゐる。
 祖谷の山々が黄昏の彼方にかすみ、東京も遠いのであつたし、何も彼もが夢のやうである。谷間のなかには、大した人の名もなければ、大した富もなく、侘しさは侘しさのまゝに麥を植ゑ、河に魚をとつて暮してゐると云ふ、旅人の好くやうな靜かな景色の村落が、あつちにも、こつちにも點在してゐた。溷濁の浮世を離れてゐても、こゝにも世界の波は、波紋の外側のゆるい一筋の渦のやうに動いてゐる。
 嶮しい山の上の農家の軒先きには、日の丸の旗がはためき、齋戒の嚴しさが淨らかに眼に浮んで來た。何も彼も、こゝからでは遠いとおもつてゐるうちに、自分の躯までがふはふはと宙に浮いて來るやうで、もう慾にも乘合自動車に乘つてゐる氣がしなくなり、鐵橋のやうに長い三好橋のそばで、私はふつと自動車から降りてしまつた。
 橋を渡れば伊豫の方へ拔けてゆく街道であり、川添ひのまゝの道を下つてゆけば、昨夜泊つた阿波池田の町に行く。私は阿波池田へは降りてゆかないで、長い三好橋を渡り、伊豫路への街道を歩いた。自動車から降りてみると、四圍の山々には急に鶯や山鳩が鳴きたててゐて氣持ちがよかつた。高い橋の上から下をのぞくと、緑の水と白い砂地の境が※[#「くさかんむり/奔」、U+83BE、303-下-9]と靡いてゐて、沁みるやうな苔深い色をして下流へ流れてゐる。行くさきも、わがふるさとにあらなくに、爰を旅とは何いそぐ、妙に自分を幸福だと思つた。橋の上を歩きながら笑つてゐる。山の向うの青い空には、綺麗な空氣がいつぱいつまつてゐるやうだ。
 橋を渡りきると、家々のかどぐちに、藤紫のせんだんの花が咲き、まるで合歡の並木を見てゐるやうだつた。橋の袂の大きい藥屋の看板には、猫ほどもある鼠をぶらさげた男の繪が描いてあり、おほかたは猫いらずの廣告でもあるのだらうけれど、何となく妙な繪である。藥屋の前に馬方が馬を連れて立つてゐたので、この邊に旅館はないかと尋ねてみる。
 馬方は西へ一町もゆけば「道甚」と云ふ宿屋があるから、そこへ行つて泊めてくれるか、泊めてくれぬか訊いてみてはどうかと教へてくれた。伊豫路への白い往還が一直線に河へ沿つてゐる。藥屋のとなりが自轉車の修繕所、そのとなりが店の間に何一つない菓子屋、それからずつと麥畑が續いて酒屋だの荒物屋が續いてゐる。
 人通りもまれな村道を私はほつほつ歩く。何にも考へることもなければ、かうして歩いてゐることに、矛盾も感じない。祖谷の山の頂では、あゝ生きてゐることも仇だつたと云つたやうな呻吟する氣持ちをもつてゐたのが、こゝまで來てしまふと、まるで行商人のやうにふはふはした氣持ちになる。世の中には、こんな妙な人間もゐるのかと、…

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