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“指揮権発動”を書かざるの記
“しきけんはつどう”をかかざるのき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「「文藝春秋」にみる昭和史 第二巻」 文藝春秋
1988(昭和63)年2月25日
初出「文藝春秋」文藝春秋新社、1960(昭和35)年5月号
入力者sogo
校正者フクポー
公開 / 更新2018-08-28 / 2018-07-27
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昨年の秋のある夜であった。文藝春秋編集部のU君が突然電話をかけてきて、これからすぐ上がるが、お眼にかかれるかとのことだった。U君は当時私が半年ばかり文藝春秋に連載している原稿の担当責任者なので、来訪を待つことにしたが、いつもならばこの時刻には文春の第一線の若い人々が築地河岸の「はせ川」という腰かけのうまいもの屋へ行って一杯傾けながら一日の労を癒している時刻なので、はて、今日は何か急用かなと、私は漠然と用向きを想像していた。ところが、やって来たU君は深刻な顔つきで、「あなたがいま指揮権発動の真相を書いておられるという噂がひろまっているので、今日は編集長から一本クギを打たれて来ました。もしもその原稿がほかの雑誌に載るようなことでもあれば、それこそ文春の面目にかかわりますので、ぜひともそいつは私に下さい」
 という話であった。私はことの意外に驚いたが、
「君は誰からそんな話を聞いたの」
 と訊ねてみると、
「政界の有力筋から社へ問い合わせがあったので、それから急に大騒ぎになったのです」
 と言う。ともかくも私は事実無根の旨を力説して帰ってもらった。
 するとしばらくして、私の郷里岡山の総社市に住んでいる小川の源さんという二代の付き合いの石屋さんから手紙が来て、
「週刊女性という雑誌で大野伴睦先生の文章を拝見しました。あなたが指揮権発動のことで永い間ひとりで忍耐しておられる心持を今さら尊いと思いました」
 と書いてよこした。私は突然のこととて意味の分らぬままにその週刊誌を本屋から取りよせて読んでみると、なるほど大野副総裁が歯切れのいいハッパをかけている。
「いかにも犬養はそういう原稿を書いているだろう。また、書くのが当然だ。しかし健さんのことだから、おそらく死ぬまでは発表せんだろう。その点が俺にははなはだ物足りんのだ。俺だったらサッサと公表するがな。まことに傍で見ていて歯がゆい限りだ」
 と、こんな調子である。私には大野老のヤキモキしている心事が目に見えるようであった。しかし、同時に私はその一見乱暴に見えるような言動の裏に、私に対する温かい侠気のみなぎっているのをはっきり感じた。そして昔ながらの変らぬ友情をありがたいと思った。
 このことがあってからしばらくの間はまず格別の出来事も起らなかったが、今年に入るとこの問題はさらに一躍してマスコミの寵児になった形であった。というのは、最近週刊読売に記事が出て、
「犬養は指揮権の真相を原稿に書いたが、とどのつまり、口止め料として莫大な金を受け取った。しかし娘の道子がこのまま黙ってはいないだろう」
 ざっとこういう趣旨である。私はさすがにアッケに取られた。ことにこの記事は今までのものと違って、事柄が金に関してイヤにはっきり書いてあるので放ってもおけず、さっそく取り消しを要求しようと考えたが、由来私の体験に関する限り、日本国の…

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