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君臣相念
くんしんそうねん
作品ID57972
著者亀井 勝一郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「龜井勝一郎全集 第九巻」 講談社
1971(昭和46)年6月20日
初出「文学界」1943(昭和18)年11月
入力者酒井和郎
校正者山村信一郎
公開 / 更新2018-02-06 / 2018-01-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 聖武天皇が大仏造顕を御発願あそばされ、その詔を賜つたのは天平十五年十月十五日であつた。昭和十八年十月十五日はそれからちやうど千二百年目に当るので、東大寺では盛大な記念法要が営まれた。私もお招きをうけて、天平の古を模した祭典を拝観することが出来た。戦ひのさなかとはいへ、未だ本土空襲もなかつた頃なので、蜻蛉の飛びかふ秋空のもとに、至極おだやかに祭典はとり行はれた。もう二年前のことであるから、詳しいことは記憶から失せてしまつたが、いま秋の日に、心に残る印象を辿りつゝ祭りの思ひ出を記してみたい。しかし終戦後の昨今を思ふと、様々の感慨が浮んで、平静に祭りの印象だけを語ることは不可能なやうだ。眼前には皇統の一大事がある。天平の古 聖武天皇が時代に深憂し給ひ、大仏造顕によつて我が国土を浄土さながらに荘厳ならしめんと念じ給へる、博大な御信仰を偲び奉ることいよいよ切なるものがある。御詔勅は「天平の花華」の中にその大方を謹記したが、冒頭の次の御言葉を今日とくに想起申し上げたい。
「朕薄徳を以て、恭しく大位を承け、志は兼済に在りて、勤みて人物を撫づ。率土の浜は已に仁恕に霑ふと雖も、而も普天之下は未だ法恩を浴びず。誠に三宝の威霊に頼りて、乾坤は相泰に、万代の福業を修めて動植は咸く栄えしめむと欲す。」
 つゞいてさきに謹記せる大仏造顕の御念願が述べられてあるのだが、この冒頭の御言葉に、皇統の永久不滅なる御信念がはつきりとうかゞはれるであらう。とくに「勤みて人物を撫づ」の「撫づ」といふ御言葉は極めて重大で、 聖武天皇御一代の御詔勅や御製に屡[#挿絵]拝さるるところである。千二百年祭の根本精神も、要するにこの御一語にきはまると私は思つてゐる。たとへば次のごとき御製。
 食国の 遠の朝廷に 汝等し 斯く罷りなば 平らけく 吾は遊ばむ 手抱きて 我は御在さむ 天皇朕が うづの御手以ち 掻撫でぞ 労ぎたまふ うち撫でぞ 労ぎたまふ 還り来む日 相飲まむ酒ぞ この豊御酒は
 遠く太宰府に赴任する節度使に、酒を賜へる折の御製と伝へられてゐるが、私は万葉集の中でもこの御製を最も愛する。厚く労をねぎらひたまひ、実に大どかに御親愛をよせ給うてゐる御心は、比類なく、とくに「掻き撫でぞ労ぎたまふ、うち撫でぞ労ぎたまふ」といふ御言葉に、君臣相念の御思ひはきはまれりと申し上げねばならぬ。天平勝宝元年大仏殿において群臣に賜つた勅語にも、「食国天下をば撫で賜ひ恵び賜ふとなも、神ながら念し坐す」とある。大伴家持が長歌の一節に、「老人も女童児も[#「女童児も」は底本では「女章児も」]、其が願ふ、心足ひに、撫で給ひ、治め給へば」と歌つてゐるのは、かゝる大御心への奉答であり讃美であらう。御製や御詔勅をとほして、「撫づ」の一語にこもる帝の御仁愛を拝すれば、さながら御手をもつて、ぢかに臣民を慈み撫で給はんとの御思ひにみちあふ…

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