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忘られぬお国言葉
わすられぬおくにことば
作品ID57997
著者池田 亀鑑
文字遣い新字旧仮名
底本 「大きな活字で読みやすい本 新編・日本随筆紀行 心にふるさとがある7 歌の調べ 方言の響き」 作品社
1998(平成10)年4月25日
入力者岩下恵介
校正者noriko saito
公開 / 更新2017-12-19 / 2017-11-24
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ○「大山にや、雪が降つたかしらん、お宮の銀杏の葉がフラフラふる頃になあと大山にや雪がおりるけんなア」△「シェンセイは久古言葉をようおぼえちよんなはあますなア」○「ようおぼえちようわい、大山の麓ほどええとかアないけん。ところでお前パーマをかけたなア、嫁さんに貰ひてががいにああちゆうけんなア、えしこやれよ」△「嫁さんにやいきましェん」○「うそつけ、嫁さんに行きたうて行きたうてどげんならんちゆうて顔に書いたる。子供が三人出来たらやつて来いよ。わすも元気でまつちようけんなア」△「嫁さんのこたアこらへてつかアさい」○「はづかすがつちようなア、いんだら手紙ごしないよ」
 鳥取県西部の出雲方言混入、小生三十年ばかり郷里に帰らず、去年中学卒業の某女見習に上京す、このたび帰国するに当りての会話。久古は部落名。
 ○「大山には、雪が降つたらうか、神社の銀杏の葉がヒラヒラ散る頃になると大山には雪が下の方まで降つて来るからね」△「先生は久古の言葉をよく覚えてをられますね」○「よく覚えてゐるとも、大山の麓ほどよい所はないからね。ところで君パーマネントをかけたね、嫁さんに貰ひ手がたくさんあるといふ噂だからね、うまい具合にやれよ」△「私は結婚しません」○「うそをつきなさんな。結婚したくてたまらんと顔に書いてあるぢやないか。子供が三人出来たら東京にやつて来なさい。わたしも元気で待つてゐるからね」△「ひやかすことは許して下さい」○「恥かしがつてるね。国に帰つたら手紙をくれるんだぞ」
 わたくしは鳥取県の一寒村三方山に囲まれた所で大きくなつた。尋常五年の時に大山の麓に帰つて来た。それからまた中等教育を受けるために鳥取市に出向いたので、比較的お国なまりといふものから解放される生ひ立ちをもつた。しかし、郷に入つては郷にしたがへといふので、三十年後の今日郷土人と話をする時には無論、国語教育をやつてゐるくせに方言がなつかしくてたまらない。田舎の友達がいいおぢいちやんになつたり、いいお婆ちやんになつたりして、東京に来て、方言そのままに話をするのは実に気持がいいものだ。電車の中でもバスの中でも、かうした善意の人達、は遠慮会釈もなくしやべりちらす、降りる時には、「ヘエ皆さんさやうなら」と挨拶をして降りる。実意に満ちた人達だ。
 前掲お国言葉の実例の中に出て来る「つかアさい」について、古典学究の理窟を一こと述べさせていただかう。「つかはす」といふのは遣すであつて、その言葉自身に敬意がこもつてゐる。強ひていふなら遣したまふといふ意味だ。「下す」も、「仰す」も同様だ。源氏物語などには、天皇の行為についても「遣す」「下す」「仰す」で処理してゐる。鎌倉時代になつてこれ等の言葉の下に「給ふ」といふ敬語がつくやうになる。元来「遣す」と「下す」とは最高の権威者が下に向つてはたらきかける行為で、「給ふ」などといふ敬語を必要…

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