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求婚三銃士
きゅうこんさんじゅうし
作品ID58001
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集7 求婚三銃士 嫁取婿取 家庭三代記 村の成功者」 講談社
1975(昭和50)年4月20日
初出「講談倶樂部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年10月~1935(昭和10)年12月
入力者橋本泰平
校正者芝裕久
公開 / 更新2022-05-04 / 2022-04-27
長さの目安約 337 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

待遇問題

 安達君は乗換の電車を待ちながら、青空を仰いで、意気軒昂たるものがあった。卒業後半歳にして、竟に就職戦線を突破したのである。勤め始めてから丁度一週間、仕事の方はまだ無我夢中だ。サラリーマンとしては文字通りに日が浅い。しかし得意の度合はそれに反比例を保っていた。もう一人前だと思うと、何となく尾鰭がついたような心持がする。
「おい。何うだい?」
「駄目だ。然う言う君は何うだい?」
「矢っ張りいけない」
「いつになったら目鼻がつくんだろうかな?」
 と心細い問答を繰り返していた頃とは違う。
 待っている電車が来ない中に、もう用のない方が又着いて、乗換の客が際立って数を増した。安達君は多少迷惑を感じた。押し合いになるから、うっかりしていると取り残される。一体、安達君は控え目の性分だ。人を突き退けて自分丈け進む気になれない。学校時代には、その為め見す/\遅刻したことがあった。しかし今は出勤だ。遅れては困る。覚えず腕時計を見て、努力を心掛けた。
「やあ。安達君」
 と折から声をかけて、人を分けて来た青年があった。同じ級に机を並べた村上君だった。然う別懇の間柄でもないが、野球の応援団を指導していた男だから、一種の公人として親しみを持っている。安達君と違って、万事積極的だ。
「やあ」
「何うだい?」
「漸くありついた」
「何処だい?」
「○○だ」
「ふうむ。銀行かい?」
「信託の方だ」
「それは素敵だ。あすこの信託はこれからだから、有望だよ。新らしいところに限る。幾らだい?」
「五十五円さ。余り素敵でもないんだよ」
「しかしボーナスとも七十円になるだろう?」
「先ずその辺さ。君は何うだい?」
「これだ」
 と村上君は折鞄を動かして見せた。
「何処だい?」
「○○生命さ」
「ふうむ。これこそ素敵だ」
「いや、外勤だ、差当り。一年たつと内勤にして貰える。ところで君、ボーナス丈け何うだい?」
「おい。来たよ」
 と安達君が注意した。村上君は機敏だ。側にいた人を押し退けて、安達君の腕を捉えながら第一着に乗り込んだ。しかし朝の電車は混んでいる。坐る席は無論なかった。
「君、ボーナス丈け何うだい?」
「何が?」
「保険へ入ってくれ」
「さあ」
「ボーナス丈け貰わないものと思えば、三四千円入れる。それぐらいの心掛がなければ、出世は覚束ないぜ」
 と村上君は釣革に下りながら勧誘を始めた。職務に忠実なものである。
「未だ保険どころじゃないんだよ」
「誰でもそんなことを言うけれど、その議論は成立しない。保険どころじゃない奴こそ保険の必要があるんだ」
「ナカ/\巧いや」
「一体ボーナスは幾つだい?」
「…………」
「皆取ってしまっちゃ可哀そうだから、半期丈けで宜い。五十五円で半期に一つ半なら……」
「おい。聞えるよ」
「うむ」
「よしてくれ」
「それじゃその中に君のところへ行って、ゆ…

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