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村の成功者
むらのせいこうしゃ
作品ID58002
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集7 求婚三銃士 嫁取婿取 家庭三代記 村の成功者」 講談社
1975(昭和50)年4月20日
初出「現代」1928(昭和3)年9月~1929(昭和4)年2月
入力者橋本泰平
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-10-18 / 2021-09-27
長さの目安約 86 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

山の中の山中村

 乗合自動車は又々坂へ差しかゝった。○○町の中学校から村へ帰る卓造君は隅っこに大きな体躯を縮めて居睡りをしていた。連日の学期試験が今朝終った。これから長い暑中休暇が始まる。
「この切通が出来て大助かりですよ」
 と一時喋り止んだ老人が扇子をパチ/\させながら又やり出した。
「以前はこゝを胸突と申しましたな」
 と中老が受けた。
「然うですよ。ひどいところでした。それをガラクタ馬車で通ったんですから随分無法な話です」
「私の乗っていた前の馬車がこの先で谷へ[#挿絵]り落ちましたよ」
「危いことでしたな」
「怪我人が出来て大騒ぎをしていました。それもその一人がお医者さんでしょう。さあ、お医者さんを呼んで来いと言っても、その人が村のお医者さんでしたから、何うも仕様がありません」
「それは/\」
「到頭一人手後れで死んだとか申しましたよ」
「全く命がけでしたな、昔のガタ馬車は」
「馬って奴は気紛れですからね」
「然うですとも。それに坂へ差しかゝると可哀そうでなりません」
「人力も気の毒ですよ」
「あなたはこの辺の馬車に等級のあった頃を覚えていますか?」
「はあ?」
「等級ですよ。一等二等、いや、上等中等下等と三つありましたよ」
「はゝあ。存じませんな」
「○○町へ鉄道が出来てから間もないことですから、もう彼れ是れ四十年の昔になりますよ」
「それじゃ私が子供の時です」
「同じ馬車に上等中等下等がありました。私は当時必ず下等でした。『おい、若い衆、下等で行こう』と馭者が定めてしまうから仕方がありません」
「一体何ういう風に分けてあるんですか?」
「山路へ差しかゝると、血気盛んな男の客は下りて車を押します。馬の手伝いです。それですからこれが下等です」
「成程」
「それから車体を軽くする為めに唯下りる丈けの客があります。これが中等です」
「上等は?」
「上等は女子供か年寄に限ります。これは一切下りません」
「はゝあ、巧い考えですな」
「それでいて馬車賃は皆同じです、動物を劬り弱いものを扶けるという精神が現れています、この頃から見てもナカ/\進んだ考えじゃありませんか?」
「成程、感心しました」
「昔ならこの学生さんあたりは下等です。迚も安閑と寝ちゃいられません」
 と老人は実例を示す為めに卓造君を見返った。しかし卓造君はもう覚めていたから、ニッコと笑った。
「おや/\、起きていた。失礼々々」
「下りて押しましょうか?」
 と卓造君は如才なく冗談を言った。
「ハッハヽヽヽ」
「私は中等ですな」
 と中年男が言った。
「然うです。未だ/\先があります。私は上等です。しかし人中で大切にされるようになっちゃお仕舞いです。何ならもう一遍下等へ後戻りをしたいものですな」
 と老人は帽子を脱いで禿頭を煽いだ。面白い爺さんだ。皆クス/\笑った。
「私は薄々覚えがありますよ…

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