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人柱築島由来
ひとばしらつきしまゆらい
作品ID58012
著者藤野 古白
翻訳者藤井 英男
文字遣い新字新仮名
初出「早稲田文学」1895(明治28)通巻80, 81, 82, 83
入力者藤井英男
校正者
公開 / 更新2016-10-04 / 2016-10-02
長さの目安約 107 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一段


第一場 明石の浦

全面の平舞台、中央から左右に開いて屈曲した老松が生い茂る。その幹は人が隠れることができる程の太さで、枝の間からは海が見え隠れしている。舞台の前方には波の打ち寄せる白浜、後方には海が広がり、朦朧とした向うには淡路島の描かれた書割を置く。中天には月が懸かっている。ここは明石の浦、八月十五夜、満月の夜景である。楽曲が鳴り幕が開くと、華麗に装飾の施された屋形船が仕掛けによって上手から動いてきて、右手の松から舳先を突き出してくるが、音楽が鳴り止むと同時に波打ち際で止まる。平宗盛、平経俊、侍の難波六郎が下船して登場。

宗盛 ここが明石の浦か。空は青味を帯びて広がり、月は影なく輝いている。光源氏の昔さながらの景色、磯波の音さえそれを羨んでいるかのようだ。
経俊 『はるばるいでし波の上に 風も思わず 雲も見ず』
宗盛 経俊、そなた、この冴えた月の光で恋人の顔でも照らせてみたいと思っているのだろう。
経俊 涙で月が曇るのなら、また感慨もひとしお。ここまで来ては、都も遠く、福原からも離れてしまいました。心を澄ませ月を観想していたのに、詰まらぬことを言って、驚かしくださいますな。さあさあ皆さま、船を下りましょう。浜の砂は霜のように白く、松の影は並んだ数珠のよう。珍しい形の石でもありそうではございませんか。
こう言って腰をかがめて小石を取っては投げ、取っては投げしている様子。侍の松王、大納言頼盛、および二人の侍も下船してくる。
経俊 さあ松王、落ちている珠でも拾おうではないか。
松王 (傍白)「落ちている珠を拾うとは、実にうまくおっしゃったことよ。天下の宝玉、全て平家のもとに集まるという譬えからすれば、ああ、海の底を探すのでもない限り、国土のどこに持ち主のない宝など見つけ出すことができようか。」
頼盛 海に遊ぶ物珍しさで、浮かれて繰り出してきた明石の浦。我らにとって、この地は初めての来訪。殊に今宵は明月の下、皆の集った観月会ぞ。一生に一度のことと寿命が延びたような心地さえするのう。
侍一 お供している我々も仰せられましたように。
侍二 風流でございます。
六郎 (傍白)「同じ空の月の下、山も海も谷も川も、変わりばえせぬ光と影。名所と言っても、ただ淋しいだけではないか。月見の御所で月見はせずに、海路はるばるとは、大層な事よ。月の形はどこで見たとて円いもの。ひょっとして三角形の月でも観ようと竜宮城まででも行くつもりかえ。いやはや全く興のわかぬぶらつきよ。」
宗盛 六郎、いかがした。
六郎 ハハ、幇間、惟光をお呼びかな。この人気のない海辺でどなたへか恋文でもお届けか。まさか、このあたりに舞い降りた天女でも住んでおり、かねがね思いを寄せておられるとか。
経俊 松王、この小石を見てみよ。誰かの顔に似てはいないか。
橘、登場する
頼盛 おお、これはまたとない月…

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