えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

新編忠臣蔵
しんぺんちゅうしんぐら
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「吉川英治全集・16 新編忠臣蔵 彩情記」 講談社
1968(昭和43)年12月20日
初出「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
入力者結城宏
校正者北川松生
公開 / 更新2018-08-11 / 2018-07-27
長さの目安約 694 ページ(500字/頁で計算)
えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応 ▲
旧Flash版で読む
HTMLページで読む

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

amazon.co.jp

本文より

浅野内匠頭





七ツちがい


 春の生理をみなぎらした川筋の満潮が、石垣の蠣の一つ一つへ、ひたひたと接吻に似た音をひそめている。鉄砲洲築地の浅野家の上屋敷は、ぐるりと川に添っていた。ゆるい一風ごとに、塀の紅梅や柳をこえて、大川口の海の香は、銀襖や絵襖などの、間毎間毎まで、いっぱいに忍びこんで来る。
 すぐ塀一重、外には、櫓の音が聞えるし、大廂には、海鳥の白い糞がよく落ちたりする。
『赤穂の浜も、今頃は、さだめし汐干や船遊びに、賑うて居るであろ』
 内匠頭は、脇息から、空を見ていた。いや、遠い国許の、塩焼く浜の煙を、思い出している眸であった。
 二十五、六歳かと思われる上品な女性のすがたが、次の間から半分見える。夫人であろう。風呂先で囲った茶釜の前に、端麗に坐っていた。茄子色の茶帛紗に名器をのせ、やがて楚々と歩んで、内匠頭の前へ茶わんを置いた。そして彼の視線と共に、廂越しの碧い空に見入った。
『江戸では、江戸の春と、みな自慢でございますが、お国表の事をお思い遊ばすと、やはり懐しゅうて、赤穂の御本丸が、恋しゅうおなりでございましょう』
『それはもう、何んな所に、住まうよりは』
 と、うなずいて、
『田舎者は、田舎がよいよ』
 ――隣り屋敷の小笠原隼人の奥では、今日も、大蔵流の小鼓の音がしていた。世間、能流行なのである。
 流行といえば、能のみでなく、武士も町人も流行事に追われている。個人に充実がなく、人々に大きな空虚があるのだった。歌舞伎風俗だの、無頼漢の伊達が、至上のものに見えた。良家の子女まで、淫蕩な色彩をこのんだ。町に捨て児がふえ、売女の親たちが、大きな顔して、暮しが立った。旗本はおろか、勤番者ですら、吉原を知らない者はないし、湯女を相手に、江戸唄の一節ぐらいは弾く者が多い。極めて、実直なと云われる町人の中でも、鶉を飼うとか、万年青に五十金、百金の値を誇るとか、世相の浮わついていることは、元禄の今ほど、甚だしい時はないと云われていた。
(上を見習う下だ――)
 と密かに、政道を嘆く者もある。
(寛永頃には、武士道も、町人道も、まだまだ、こんなには腐っていなかった)
 と当代の将軍綱吉の個性からくるものを、暗に、そしり嘆じる者も多い。
 当然、大名生活の内幕は、腐りぬいていた。外観ばかりが、豪奢で絢爛で、内輪では、領民に苛税を加えたり、富豪から冥加金を借り上げたり、そのやり繰り算段や、社交に賢い家来が(あれは、忠義者)と、主人に愛されている時世なのである。
 そういう時世の中にあって、浅野家だけは、ひっそりと、質素であった。名儒、山鹿素行の感化も大いにあったし、藩祖以来の素朴な士風が、まだ、元禄の腐えた時風に同調していない。
 従って、藩の財政も余裕があった。赤穂塩の年産も巨額きなものだったが、要するに、内匠頭夫婦の驕らないことと、士風の堅実が、何よ…

えあ草紙で読む

find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2018 Sato Kazuhiko