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小指一本の大試合
こゆびいっぽんのおおじあい
作品ID58030
著者山中 峯太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「少年倶楽部名作選3 少年詩・童謡ほか」 講談社
1966(昭和41)年12月17日
初出「少年倶楽部」講談社、1931(昭和6)年1月号
入力者sogo
校正者雪森
公開 / 更新2017-01-01 / 2017-01-01
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

すごい「ブル」

「きみ! ブルはなまいきじゃないか?」と、一人が小声で、ささやくと、
「そうだよ、ブルはなまいきだとも! あんなにいばる男は、世界じゅうにないぜ」と、別の一人が答える。しかし、これも小声だ。
 みんなが「ブルはなまいきだ」という。けれど、大きな声でいうものは一人もない。ブルにきこえたら、それこそ、どんな目にあわされるかしれないからだ。なにしろブルは強い。すごく強いんだ。拳闘の第一選手だし、おまけに、非常ならんぼうものだ。だれ一人、ブルにかなうものはない。
「来たよ来たよ、だまって!」
 ブルがくると、だれもだまってしまう。うっかりして、相手になると、すぐにらんぼうされるからだ。それほど、みんながブルを、こわがってる。ガンと一つ顔でもなぐられたら、頬が五日もいたんで、一きれのパンも、かめなくなる。スープばかり吸っていなければならない、という評判なのだ。
 そんな評判が、ほんとうだろうか? しかし、ブルの顔とからだつきを見ると、だれでも「なるほど」と思わずにいられない。――犬に「ブルドッグ」というのがいる。からだの幅がひろくて、骨組みが太い。肉という肉がはりきってる。頭が大きくてまるい。鼻は低くて上を向いてる。下のあごが上のあごよりつき出ていて、口がひらべったく大きい。かみついたとなったら、死んでもはなさない。すごい猛犬だ。この猛犬の「ブルドッグ」と、いまみんなが「なまいき」だというブルとは、顔も、からだつきも、かみついたら、死んでもはなさないというすごい性質まで、そっくり似てるんだ。いや、似てるから「ブル」とあだ名をつけたのだ。ほんとうの名前は「ポール」だ。けれど、だれも、「ポール」なんて、やさしい呼び方をするものは、一人もいない。かげで「ブル」「ブル」という。そのブルと顔を見合わせたときは、ソッとだまってしまう。
 すると、ブルは、みんながだまって、相手にしなくなったから、二、三日前から一人でおこってる。おこっても、相手がないから、けんかができない。そこで、洗濯代をはらわずにいるのだ。すると、洗濯屋のジョージが、さいそくにきた。このジョージも強い。牧場で牛があばれだしたとき、走っていってとりおさえたのは、ジョージの力だ。
「ポールさん、洗濯代をはらってください」と、ジョージがきていうと、
「なに?」ブルが下あごをつき出して、ニヤリとわらった。
 さあブルのらんぼうがはじまるぞ! と、みんなが青くなった。ちょうど食堂にいたときだ。中には焼き肉を半分、食いかけたままで、コソコソと逃げだしたものもいる。ぼくは、このとき、すみの方で、ジャガイモを食いかけていた。
「なにって、前の月の洗濯代が、まだいただかずにあるんです。ぼくが主人にさいそくされて、こまってるんですから、どうかおはらいください、ポールさん」と、ジョージがブルに、ていねいにいってる。

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