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児童語彙解説
じどうごいかいせつ
著者柳田 国男
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本柳田國男集 第二十九巻」 筑摩書房
1964(昭和39)年5月25日
入力者フクポー
校正者津村田悟
公開 / 更新2020-06-21 / 2020-05-27
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

外遊び

 或は庭遊びと謂つた方が、軒遊びに對してわかりがよいかも知れない。ホカもソトも本來はさう遠くのことでは無く、なほ屋敷うち、家のまはりだけを意味して居た。九州地方ではホカといふのが表庭の物乾し場のことであり、他の府縣でも屋内の内庭と區別して、こゝをソトとも外庭ともいふ者が多い。つまりは兒童の生活の、獨立して行く中間の一段階である。ところがさういふホカ又はソトを持たない小家が多くなつて、追々と彼等は路上に出た。道路で遊んではいけませんと言はれるやうになつて、外遊びは少しづゝ變質して來たやうだが、田舍では實は道路ほど、この年頃の子供にふさはしい遊び場は無く、從つて又我々にとつて、彼等の自由な行動を觀察するのに、最も得やすい機會でもあつたのである。是が少しづゝ抑制せられるやうになると、小學校の校庭はちやうど好都合な代用になるが、こゝでは次の章にいふ「辻遊び」の影響が強過ぎる上に、加入者の年齡が幾分か高く切上げられる嫌ひがあつた。いはゆる外遊びの效果の最も大きかつたのは、滿四年前後に始まり、それからの三年四年ほどが、人を社會人に仕立てる適切な期間だつたやうに私には考へられる。大げさな語でいふならば平等思想、又は正義感の客觀價値ともいふべきものが、徐々に體驗せられるのもこゝであつた。幼稚園託兒所の設備が完全になつても、果して以前だけの效果が擧げられるかどうか。舊式な自分等はなほ大いに危ぶんでゐる。具體的な例を一つ出すと、外遊びの幼兒等の最も喜ばなかつたことは、兄姉から親祖父母までの、一切の年長者の干渉であつた。もちろん腹を立てたり言ひつけたり、泣いて歸つたりする子も澤山あつたが、それをすると此次の遊びが、目に見えて面白くなくなる。故によつぽどあまやかされる家の子でも、この群の樂しみといふ共同の大事業の爲に、性來のやんちや我儘を自ら抑制しようとしたのである。親の教へなかつた言葉や行動を、こゝで學んで來ることは相應に多い。それを一括して皆有害のやうに、斷定して居たのが近世の中流常識であつたが、それを防衞するのには、隔離が唯一の對策であつたかどうか。又之に伴なふ損失はあるか無いか。有るとするならば何で補充をしなければならなかつたか。それ等はすべて皆是からの問題である故に、ここには其參考になるやうな、以前の外遊びの若干の例を拾つて見た。是が一つ/\、すべて古い兒童からの相續であつて、成人指導者の裁定を經たものでないところに、この本の編者たちは、言ひしらぬ興趣を感じて居る。さうして同時に現在人生の最も省みられざる期間が、斯んな無心にあどけない年齡の頃にあることを、歎き悲しまうとして居る。

辻わざ

 辻は和製字の一つで十字路頭のことであるが、國語のツジ・ツムジといふのは意味が少しく弘く、方々から人の集まつて來る場處の名だつたと思はれて、現在は山の頂上、家の屋根裏もツジ…

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