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狸とムジナ
たぬきとムジナ
作品ID58036
著者柳田 国男
文字遣い新字新仮名
底本 「柳田國男全集 24」 ちくま文庫、筑摩書房
1990(平成2)年9月25日
初出「上毛の民俗」煥乎堂、1948(昭和23)年8月1日
入力者フクポー
校正者板東和実
公開 / 更新2022-08-08 / 2022-07-27
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 すこしのんきな話をしてみよう。本年五月の末、十数名の元気のいい文士の一行に加わって、北海道へ海上の旅をした。船は満員で皆入込のごろ寝をした中で、長谷川如是閑と自分と二人だけは、老人というかどをもって好い船室を与えられ、自由に起臥していたのが問題になったものか、みんなが集まってがやがやしている中へふいと顔を出すと、ああ今あなたに聴いてみたらと言っていたところです。狸とムジナとはどこがちがいますかと、藪から棒の質問であった。そりゃ違いますよ。第一に狸は尻尾が太く、ムジナの尻尾は細い。第二には狸の毛は筆になり、ムジナの毛はならない。第三に狸は樹に登ることができないが、ムジナは木のぼりをして、小柿などをよく食うものだ。うそだと思うなら両人を喚んで調べてごらんなさい、とまでは言わなかったが、まずこの程度の答えをしておいて、まちがっていたら後で訂正すればいいと高を括っていた。
 ところが偶然なことには、六月中旬に旅から還って来てみると、留守中に『動物文学』という雑誌が届いていて、これには平岩米吉君というこの方面の研究者が、狸とムジナは同じ動物の二つの名だと、少しの但書も添えずに、明白に断定した一文を掲げている。二つの意見は対決しなければならぬことになった。がしかし私はまだ少しもまごつかないのである。
 同じ問題は今から約二十年前、たしか栃木県で裁判事件となり、東京まで持って来てしかも片付かずにしまったことがある。その顛末を要約すると、県令で狸を捕った者は罰するという禁止令が出ているのに、ムジナはよかろうと公然これを打った者が告発せられたのである。川瀬林学博士が鑑定人として控訴審に招かれ、やはり平岩君と同じに、狸狢同一説を主張せられたが、判決は結局無罪であったように記憶する。というわけはこの地方にはタヌキという言葉はなく、狸という文字は知っていても、それが土地でムジナという獣のことだということを、まだ誰からも教えられていなかったからである。捕殺を禁止しようとするならば、ムジナと訳して書くか、少なくとも狸すなわちここでムジナという獣と、明示する必要があった。それをしなかったのだから落度は立法の方にあったのである。
 ムジナはすなわち狸なりという平岩説は、この地方では適用するが、そう遠くまでは行くことができない。まして狸もムジナも同じものだということは、土地としても正しいとは言えない。何となればここにはてんからタヌキという獣がいないからである。二つの名前を考え出したのは人間であり、それをある獣に割り当てたのも人間である以上、時々取りちがえるのも無理とは言えず、ましてや狸の側の責任とは言われないのである。
 日本最古の文献には、ムジナという語もあればタヌキという語もある。ただその記事が二つ離れた場処に出ているので、同物異名とも見られぬことはないが、『倭名鈔』では少なくと…

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