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千里眼の村
せんりがんのむら
作品ID58064
副題クリスマス・ストーリー
クリスマス・ストーリー
原題A VILLAGE OF SEERS
著者キングスフォード アンナ
翻訳者The Creative CAT
文字遣い新字新仮名
入力者The Creative CAT
校正者
公開 / 更新2017-02-22 / 2019-11-22
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 何年か前、クリスマスの前日か前々日のこと、仕事の都合でイギリスから大陸に出張する羽目になった。
 私はアメリカ人で、とあるロンドンの商社に小額ながら共同出資していた。この商社はスイスと多数の取引があり、その取引先の一つを監督するために――それがどこかを述べる必要はない――急遽みずから足を運ばなければならなくなった。本当なら友人たちとロンドンで年の瀬を祝っていたはずだったのだが。しかしこの旅は私にたいへん際立った種類の冒険を齎し、家で楽しいクリスマスを過ごせなかった埋め合わせとして十二分なものとなったのである。
 ドーヴァーからカレーまで渡ったのは夜だった。荒れた海峡は雪混じりで蒸気船の客はとても少なかった。船客の中に何というか尋常ではない感じの男がおり、私の興味を惹いた。カレーに到着し列車に乗り換えた際、私が先に腰を下ろしていたコンパートメントにその男が入ってきた時も、嫌な事態になったとは全然思わなかった。
 薄明かりの下でちらっと顔を見た限りでは、見知らぬ男は五十絡みだったと思う。繊細で上品な顔付きで、目は暗く落ち窪んでいたが、知性と思慮を漲らせていた。全体の雰囲気から、生まれが良く、勉学と瞑想向きの性格で、人生の中でとても悲しい経験をしてきたことが伺えた。
 アミアンまでは他に二名の乗客が同席していたが、彼らが下車してしまうと、コンパートメントの中は曰く有りげな異邦人と私の二人きりになった。
「嫌な夜ですね。」窓を引き上げながら話しかけた。「おまけに、これからもっと酷くなりますよ! いつも夜明け前が一番冷え込みますから。」
「そうでしょう。」彼は重々しい声で答えた。
 顔に劣らずその声は印象的だった。地味で控えめで、心に大きな痛みを抱えている者の声だった。
「パリの年末年始は荒れますよ。」話をさせたくて続けた。「去年の冬はロンドンより冷えました。」
「パリには泊まりません。」彼は答えた。「朝食をとるだけです。」
「そうですか、私も同じで、バーゼルまで行くところです。」
「私もそうですが、もっと遠くまで行きます。」
 こう言うと彼は窓の方を向いて黙ってしまった。この人物が寡黙なせいで、私は一層あれこれ気をめぐらし始めた。間違いなくこの人物には一つのロマンスがある。それがどんな性質のものか知りたい気持ちが強まっていった。パリでは別々に朝食をとったが、バーゼル行きの列車に乗るところを見届けて同じコンパートメントに飛び込んだ。汽車旅の最初のうちは二人共眠っていたが、スイス国境が近づくに連れ目が冴えて、ポツポツと言葉を交わすようになった。この旅仲間はバーゼルには一泊しかしないつもりらしかった。彼の目的地は更に遠くの山岳地帯で、普通の旅行者なら夏にしか訪れない場所だ。年末のこんな時期には通れないと思っている人もいるだろう。
 私は尋ねた。「お一人で? 向こうでは連…

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