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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 58071 |
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副題 | 227 怪盗系図 227 かいとうけいず |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「怪盗系図 長編銭形平次捕物控」 桃源社 1971(昭和46)年2月27日 |
初出 | 「四國新聞」四国新聞社、1948(昭和23)年2月15日~1948(昭和23年)7月7日 |
入力者 | 結城宏 |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2021-04-14 / 2021-03-27 |
長さの目安 | 約 324 ページ(500字/頁で計算) |
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六人斑男
第一人目磔
「親分、良い心持じゃありませんか。腹は一ぺえだし、酔い心地も申し分なし、陽気が春で、女の子が大騒ぎをすると来ちゃ――」
ガラッ八の八五郎は、長んがい顔を撫でて、舌嘗ずりしながら、銭形平次の後に追いすがるのでした。
与力筆頭笹野新三郎の心祝いの小宴に招かれて、たらふく飲んだ八丁堀の帰り、二人は八つ小路を昌平橋へ――、筋違御門を右に見て歩いておりました。
「それでお小遣がふんだんにありゃ申し分がなかろう。もっとも、女の子が大騒ぎするというのは、当てにならないが――」
「見くびったものじゃありませんよ、親分。近ごろうっかり明神下を通ると、色文が降るようでヘッヘッ」
「とんだ助六だ、――もっとも八を見かけて吠えつくのは、角の酒屋の牝犬ばかりじゃないんだってね。叔母さんは意見をしたがるし、菜飯屋のおかみは去年の掛けをうるさく言うし、煮売屋のお勘子は――」
「もう沢山、そんないやなんじゃありませんよ。この節あっしと親しくなったのは、金沢町の近江屋半兵衛の姪お栄――」
「おや、大層な玉を狙やがったな。あれはお前ピカピカする新造だぜ」
「それがすっかり打ち解けちゃってね。この節では、八五郎親分、八五郎親分――と」
「気味の悪い声を出すなよ。あの娘は、当人の前だが、八には少しお職過ぎるぜ。伯父は浪人崩れの金貸しで、一と筋縄でいけそうもないから、十手なんか突っ張らかして出入りしちゃ、後の患いだ」
平次は日ごろの用心深さに還って、そんな事を言うのでした。
三月になったばかりで、ポカポカする陽気ですが、桜にはまだ早く、江戸の街もこれから、春の夜の夢に入ろうとする亥刻(十時)過ぎの静かなたたずまいでした。その時、
「た、助けてエ――」
押し潰されたような女の声、昌平橋をバタバタと渡って、平次に突き当たるように、わずかにかわされて、前のめりに、続く八五郎に抱きついたのは、夜の空気を桃色に燻蒸するような若い女です。
「あっ、びっくりさせやがる」
抱きすくめるように、二、三歩退いて、橋の南詰の番屋の油障子を漏るるあかりに透して八五郎は驚きました。
「あ、お前は、お栄じゃないか」
ツイ今しがたまで、親分の平次とうわさをしていた、金沢町の近江屋の姪お栄という、近ごろ明神下をカッと明るくしている評判娘だったのです。
血の気のない顔、少し振り乱した髪、昼のままらしい袷の前褄が乱れて、恐怖と激動に早鐘を撞く胸を細々と掻い抱くのでした。
「あ、八五郎親分、良いところで」
まさに息もたえだえ、そのまま崩折れそうになるのを、八五郎はもう一度抱き留めました。
「どうしたというのだ、お栄」
「伯父が、伯父が――殺されて」
「何? 伯父さんが殺された。何処だ」
「家の中で、――私がお隣りから帰って見ると殺されていたんです。早く早く」
お栄は漸く平静を取りもどした…