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痴人の愛
ちじんのあい
作品ID58093
著者谷崎 潤一郎
文字遣い新字新仮名
底本 「痴人の愛」 新潮文庫、新潮社
1947(昭和22)年11月10日
初出「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
入力者daikichi
校正者悠悠自炊
公開 / 更新2017-07-30 / 2017-07-17
長さの目安約 364 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私達夫婦の間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いて見ようと思います。それは私自身に取って忘れがたない貴い記録であると同時に、恐らくは読者諸君に取っても、きっと何かの参考資料となるに違いない。殊にこの頃のように日本もだんだん国際的に顔が広くなって来て、内地人と外国人とが盛んに交際する、いろんな主義やら思想やらが這入って来る、男は勿論女もどしどしハイカラになる、と云うような時勢になって来ると、今まではあまり類例のなかった私たちの如き夫婦関係も、追い追い諸方に生じるだろうと思われますから。
考えて見ると、私たち夫婦は既にその成り立ちから変っていました。私が始めて現在の私の妻に会ったのは、ちょうど足かけ八年前のことになります。尤も何月の何日だったか、委しいことは覚えていませんが、とにかくその時分、彼女は浅草の雷門の近くにあるカフエエ・ダイヤモンドと云う店の、給仕女をしていたのです。彼女の歳はやっと数え歳の十五でした。だから私が知った時はまだそのカフエエへ奉公に来たばかりの、ほんの新米だったので、一人前の女給ではなく、それの見習い、―――まあ云って見れば、ウエイトレスの卵に過ぎなかったのです。
そんな子供をもうその時は二十八にもなっていた私が何で眼をつけたかと云うと、それは自分でもハッキリとは分りませんが、多分最初は、その児の名前が気に入ったからなのでしょう。彼女はみんなから「直ちゃん」と呼ばれていましたけれど、或るとき私が聞いて見ると、本名は奈緒美と云うのでした。この「奈緒美」という名前が、大変私の好奇心に投じました。「奈緒美」は素敵だ、NAOMI と書くとまるで西洋人のようだ、と、そう思ったのが始まりで、それから次第に彼女に注意し出したのです。不思議なもので名前がハイカラだとなると、顔だちなども何処か西洋人臭く、そうして大そう悧巧そうに見え、「こんな所の女給にして置くのは惜しいもんだ」と考えるようになったのです。
実際ナオミの顔だちは、(断って置きますが、私はこれから彼女の名前を片仮名で書くことにします。どうもそうしないと感じが出ないのです)活動女優のメリー・ピクフォードに似たところがあって、確かに西洋人じみていました。これは決して私のひいき眼ではありません。私の妻となっている現在でも多くの人がそう云うのですから、事実に違いないのです。そして顔だちばかりでなく、彼女を素っ裸にして見ると、その体つきが一層西洋人臭いのですが、それは勿論後になってから分ったことで、その時分には私もそこまでは知りませんでした。ただおぼろげに、きっとああ云うスタイルなら手足の恰好も悪くはなかろうと、着物の着こなし工合から想像していただけでした。
一体十五六の少女の気持と云うものは、肉親の親か姉妹ででも…

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