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![]() りっしゅんかいもん |
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作品ID | 58099 |
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著者 | 河井 寛次郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本の名随筆17 春」 作品社 1984(昭和59)年3月25日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2017-02-04 / 2017-01-12 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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子供達は二月は冷凍された。それも炬燵にあたったままで冷凍された。町は冷蔵庫で雪、雪、雪。軒先からは真白に凍て付いた、鉄管の氷簾がさがっていた。水分を取られた空気はかちかちに乾いて、二月の扉は厚くて重かった。三月の声が叩いてくれない限り、これは開かなかった。然しそこにはたった一つの色として、咲いたままで凍らせられた、あの真夏の花氷のような炬燵があった。これは暖房の人工春とちがって、嘗つては洋燈が部屋の中心であったように、座敷にしか咲かない、季節の花であった。炬燵は子供達にはあたらなくても、あるという事だけで暖かくなった。ここは親しい来客には食卓でもあり、抹茶にもぼてぼて茶にも、最上の場所であった。
節分がすむと御寺の門には、立春大吉の紙札が張られて、季節の扉があけられたが、でもそれは暦の上のことで、寒さは一層きびしかった。でもこんな時候に相応して、そこには煮鱠などと言う惣菜があった。これはそじり大根に沙魚の子などを入れて、酢と醤油で煮たもので、暖かいうちに食べさせられたが、味は二月の骨とでも言い度いものであった。これはかすかではあったが、突き刺すような季節の力で子供達を刺激した。
網蝦は沢山採れたので、塩辛にもされたが、いきなり蕪や大根と一緒に煮られた、荒っぽい惣菜があった。素材丸出しのこんな食物は、赤貝を貝ごと蕪や大根と煮たものと共に、むき出しの土地の顔で、こんなものも亦子供達の体質や気心に、共通な特徴を与えたにちがいなかった。そこには又見るからに土質そのもののような、嘗め味噌があった。これは目ぼしい季節の蔬菜を、風物ごと刻み込んで醗酵させた、おかず味噌で、霜焼けの手を掻くような、掻かないではいられない甘かゆいものであった。
子供達のおやつには湯煎餅があった。この焼き焦げた餅と黄粉の匂は口と鼻とをつなぎ合せた。それから炬燵のそばには、甘酒を醗酵させるかわいい小甕が置いてあった。赤貝御飯に、釜揚げ蕎麦――子供達は二月の寒冷を中和するこんな物を与えられて大きくなった。こんな食物は皆一応母達が作ってくれたのに相違なかったが、然しほんとの調理者は眼に見えない処にいた。姿もなく言葉もなく土地の中に隠れていた。この調理者の献立てによらないでは食物は作れなかった。子供達の身体に合うように、食物は作られたのではなく子供達の好悪を越えた食物に彼等の身体を合わせるように育てられた。然しこの調理者は其土地から一歩も出た事もなく出ようともしなかったし、又出られもしなかった。三里も離れた土地には、又その土地の調理者がいて、自分の縄張りを守っていたから。こうして子供達は土地と関係した。だからこれこそ一番勝れたものだなどと、人はよく育った土地の物を自慢するが、こんな事は其の人にはほんとうでも他には通用しない滑稽事に相違なかった。
それはそうと子供達の二月の蕾は固かったが、中味は…