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運動
うんどう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大隈重信演説談話集」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年3月16日
初出「運動世界 第十號」運動世界社、1909(明治42)年1月1日
入力者フクポー
校正者門田裕志
公開 / 更新2018-05-26 / 2018-04-26
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

始球式の投手
 我輩は運動が大好きである。好きなばかりでは無い。人間には必要欠くべからざるものであると信ずる。であるから、この間遣って来た米国野球商売人の始球式には、我輩も大いに進んで球を投って遣った次第である、華盛頓の学生といい、リーチ・オール・アメリカンといい、その技倆はとにかく、実に立派な体格を有しておった。それと並んでみると日本人は実に小さい。身体は小さくとも仕方は無いが、その弱々しい有様は如何にも残念である。これを発達せしむるには是非運動を盛んにせなければならぬ。我輩は真面目に百二十五歳生きるといっているが、その養生法としてはあらゆる欲情の節制もあろうが、運動をするという事はその中の重なる一つである。我輩は毎朝時を定めて庭内を散歩する。この散歩は他人にありては必ずしも運動では無いかも知れぬが、我輩には唯一の運動である。なにも運動だからといって、ベースボールやテニスを遣る必要は無い。その人の身体及び趣好に適した運動を遣れば好いのである。

大事を為す人
 我輩はもう既に天保時代の老人である。老人であるが運動は大好きだ。老人が好きなくらいだから、現今の青年は益々これを好むべきはずである。然るに何事ぞ、現今の青年は実に意気地が無い。少し失敗すれば直ぐに浅間だ、華厳だという。これは畢竟身体が弱く、神経ばかり鋭敏になるからである。見給え、維新以来我輩等の友人にて大事を成したものは、皆その当時乱暴者と称せらるる手合で、一室に閉じ籠って学問ばかりしておった者は、実際何の役にも立たなかった。これはあるいは時代の異なったためでもあろうが、また一方身体に注意を払わなかったために、失敗をしたものと見て差支えは無い。

社会的運動
 現今優勝劣敗の明らかなる世に処して勝を占めんとするものは、まず第一に身体に充分の注意を払って事に臨まなければ、残念ながら事は失敗に了る。しかし文部省などでは学校が運動を奨励するために、学生がそれにばかり熱中して学問を忘れると悪いとて、大変心配しているそうであるが、決してそんな心配は無用さ。運動を為し過ぎるよりは学問を為し過ぎる方がいけない。運動の弊害よりは学問の中毒の方が恐ろしい。如何に運動を遣っても、これがために未だ死んだ者あるを聞かない。然るに学問を仕過ぎて神経を悪くしたり、脳病を起したりして死ぬ者が沢山ある。これ即ち運動の弊害の少ない証拠で、学問の中毒の恐ろしい好証である。
 青年の元気を充分に発揮せしむるには活動的のものに限る。運動はこの意味に於ても、青年間に最も歓迎せらるるところのものでなければならぬ。であるから、年々盛大となるこの運動は近来は青年では無く、紳士間にも持て囃さるる様になった。これは実に喜ばしい事であって、運動ももう少し社会的にならなければならぬ。

最後の月桂冠
 運動の種類については、別にかれこれという必要は認めぬ…

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