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選挙人に与う
せんきょにんにあたう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大隈重信演説談話集」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年3月16日
初出「新日本 第貮卷第五號」冨山房、1912(明治45)年5月1日
入力者フクポー
校正者門田裕志
公開 / 更新2019-02-16 / 2019-01-29
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 〔選挙の歩み〕
 選挙ということが初めて我が国に行われたのは明治十一年、即ち府県会開設以来のことである。それからその後十年ほど経って市町村の自治に関する法律が発布せられ、同時に市町村会議員の選挙ということが始まった。しかし我が国民は権利に関する観念が頗る幼穉で、選挙に対しても一向重きを置かず、初めはこれらの機関――府県地方の意思を代表するこれらの機関に対して比較的冷淡であった。
 然るに時勢の進歩は次第に国民の覚醒を促し、爾来十年ほどというものはいわゆる政治熱勃興の時代で、一方には政論家が到る処で演説会を催し自由民権の思想を鼓吹する。他方では輿論の指導者を以て任ずる人々が、新聞を発行して盛んに政府の専制を攻撃する。苟も政府の行動にして一点の過ちあれば仮借なくこれを指摘し、機会あるごとに国民の権利を主張した。甚だしきに至っては小説に至るまで政治的となり、いわゆる政治小説というものが流行した。この様な訳で、およそこの十年間には、筆端舌頭に依って猛烈なる立憲的の大運動が起り、ついに国会開設の請願を提出するまでに立ち至ったのである。而して当時多少教育ありし人物、ことに年少気鋭の青年は争って身を政界に投じ、全力を挙げ政治的運動のために奔走したものである。ここに於て憲法の発布はもはや動かすべからざる勢いとなった。
 然るになお一方には頑迷なる保守恋旧の徒輩が、憲法の発布を以て皇室の尊厳を冒涜するものの如くに考え、帝政党と称するものを組織して、あくまで時論に反抗を試みんとした。如何にも馬鹿げた事である。革命の起った際なれば、その革命党に対して王党の起るのは当然で、少しも怪しむに足らぬが、それとこれとは場合が違う。我が国に於ては、天皇が統治権を総攬せらるることに対し異存ある者は一人もないのである。皇室を尊ぶこと神の如き我が国に於て、何を苦しんで帝政党を組織するの必要あらんや。かくの如きは自ら我が国体を侮辱するものである。
 とにかくこういう訳で、進歩党と保守党との間には多少の軋轢を免れなかったが、大勢の赴くところまた如何ともすべからず、ついに明治二十二年我が帝国憲法は紀元節の佳晨を卜して、国民歓呼の裡に発布せられた。それから愈々第一回の衆議院議員の選挙が行われることとなった。この時に候補者として名乗りを挙げたものは、あたかも勇士が戦場に臨み、この勝敗に依って一国の安危が決するという意気込みで、敵も味方も旗鼓堂々とその陣を張った。而してその間になんらの陰険なる野心もなく、またなんら選挙人を欺くこともなく、公明正大の裡に第一回の総選挙は行われたのである。かくの如くにして選挙されたる議員の帝国議会に於ける態度は実に立派なもので、これに対しては当局者も充分なる敬意を払って莅んだ。決して政治的権力を以てこれを圧迫するが如きことなく、なるべく調和的に官民協力して国事を真面目に議する…

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