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東洋学人を懐う
とうようがくじんをおもう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大隈重信演説談話集」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年3月16日
初出「早稻田學報 第百五十七號」早稻田學會、1908(明治41)年3月5日
入力者フクポー
校正者門田裕志
公開 / 更新2018-09-06 / 2018-08-28
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

新智識を要する時に旧思想の人
 小野梓君は、我輩の最も大切な友人の一人であって、年齢よりいえば我輩の後輩であった。小野君は勇気勃々たる青年であって欧米の新智識を有し、我輩の如きも学問の上に於て君の教えを受けたことも尠なくなかった。当時政治の局に当りし人々は皆旧思想を有するもののみで、爾かもその企つるところの事業はことごとく皆新智識を要する事業のみであった。小野君はこの間にありて吾人に偉大なる助力を与えたのである。

秘書となり参謀となって働いた
 抑々我輩が小野君と相識ったのは、同君の義兄たる小野義真君の紹介によったので、小野義真君は当時大蔵省に勤め我輩の配下であった。当時の大蔵省は今の大蔵省とその組織を異にして、内務、逓信、大蔵の三省が合併していたのである。その時分義真君が我輩に向って言うよう、私の義弟に小野梓という者がありまして、今は英国に留学しております。年は若いがなかなか使える人物と思いますから、一度逢ってみて下さいとのことであった。それから間もなく小野梓君が帰朝したから、早速逢ってみると、義兄の肥満にして豪放なるに反し体格も小さく肉も痩せて、むしろ豪傑肌の人間とは外見は違っているが、俊傑たることは一見その面容に表れている。当時の官省は旧思想の人物を以て充たされていたから、新智識を有するものを欲することは大旱に雲霓もただならずである。そこで早速我輩の部下に任用したが、果して学問の造詣深きのみならず経綸の才があって、種々の方面に我輩の参謀となり秘書となって輔佐してくれた。もし何事か為す場合に、我輩一策を建つれば直ちにこれに骨を接ぎ足し肉を付け、そしてちゃんと形を整えて提供し、その案は往々我輩の考うる以上のものがあった。

国憲統一の理想
 小野君は常に我輩に向って、この日本の藩閥政治、武断政治は永く我が国を隆盛ならしむる道に非ず、宜しくこれらの権力を打破して分離せる国権を統一するには、欧州文明諸国の如く憲法政治を布くに如くはなしという意見を漏らしておった。我輩もこれと全く同じ意見を有しておったので、まずその手段の一として会計検査院なるものに大なる権力を賦与して、政治機関運転の原動力たる会計の検査を厳密にせば、これによりて従来乱用せられつつある国権を制し国帑の濫費を防ぐが故にこれを実行し、梓君は今日の会計検査官の地位を占めたのである。そしてその蘊蓄せるところの智識、ことに財政上に於ける意見を吐露するの機会を得たのである。

第二維新の創設に志す
 その後幾ばくならずして我輩は反対党のために敗北し、同志と共に袖を列ねて冠を挂けたのである。そこで野に下りたる我輩はまず政治の方面、即ち改進党の組織に力を用ゆることとなった。当時政治は薩長土の武力によりて翻弄せられ、国民の思想は統一を欠き、国家の危機を胚胎するの虞があり、旁々小野君との黙契もあり、ここに一大政党を…

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