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東西両文明の調和を論じて帝国の将来に及ぶ
とうざいりょうぶんめいのちょうわをろんじてていこくのしょうらいにおよぶ
著者大隈 重信
文字遣い新字新仮名
底本 「大隈重信演説談話集」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年3月16日
初出東京神田共立女子職業学校で開催された講演会における講演、1916(大正5)年11月
入力者フクポー
校正者門田裕志
公開 / 更新2020-05-25 / 2020-05-03
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 およそ他の物に触れて初めて競争なるものが生ずる。競争なければ進歩はない。即ち人間は安逸にして自己の生存を妨ぐるものに接せざれば、その働き、その活動力歇んで進歩することが出来ない。古代民族の勃興を見るに、一としてこの原理原則に従わざるものはなかった。遊牧の民族は子孫の益々多きを加うるに従って、従来の狭小なる土地に生活し十分に食を充たすことを得ずして、草原に走って行った。而して此処に他の民族と生存競争をなして、生活の基礎を定め、続いて生存上の進歩発達を促すに至った。

〔旧日本の文明〕
 然るに古代日本の状態は如何。これを地理的寰境より見る時には、生存競争の機会は極めて僅少であった。古代史には韓、即ち今日の朝鮮半島及び支那の一部との競争はあったが、それとても決して大きな競争ではなかった。元来、日本は島国にして外よりの競争を受くること尠なく、四海泰平の夢を結んで、終には鎖国に惰眠を貪ったほどに安んじて生存し得る楽土であった。まず地理的寰境を見るに、大陸と適宜の距離を存したる一連島にして、近海には暖流ありて気候の自然的調節を計り、ために春夏秋冬暑からず、寒からず、極めて温和を保っている。また当時に於ては人口も稀薄であったから、生存の安堵たりしことは想像するに困難でない。また生存競争の根本原因たる食物の点より考うるも、山川、島嶼、内海の布置極めて自然の妙を得、食するに足る獣魚、穀物、貝類を供給しておったため、人間が応揚で、落着きがあった。故に日本人の間に開けた文明は幼稚単純をその特徴としていた。人は皆簡易生活に満足し、欲望とても極めて淡泊ならざるを得なかった。かかる状態のところへ大陸文明、即ち支那、印度の文明が初めて輸入されて、在来の日本固有の文明に融和されることとなった。而してこの輸入文明は主として精神文明、即ち宗教(仏教、儒教等)、哲学、文芸及びその他種々の学芸であった。温和な風土、温和な人心にこの精神文明が働きかけたので、其処でその後日本の文明はどう開けたか。勿論、宗教、建築、絵画彫刻の進歩発達を促すことになり、一部は政治乃至一般の社会にも影響を及ぼし、生存に必要なる工業方面にも多少の変化を促したが、とにかく物質上に蒙った影響は比較的尠少であった。
 以上述べたことは極めて概括的ではあるが、旧日本文明観の一般である。されば日本固有の文明に日本化された支那、印度の文明を加味したのが即ち旧日本の文明であって、希臘、羅馬の文明とは甚だ異っている。つまり欧州の文明にはまだ触れていなかった。

〔欧州文明の輸入〕
 然るに今よりおよそ三百七十年前、初めて葡萄牙及び西班牙と交通するに至って、欧州文明が多少輸入されることとなったのである。当時の日本の内状は如何というに、室町将軍の末路で、諸将兵を相率いて交戦に暇なく、人民寧日なしといういわゆる群雄割拠の時代であった。かかる時…

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