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赤い婚礼
あかいこんれい
作品ID58129
原題Red Bridal
著者小泉 八雲
翻訳者林田 清明
文字遣い新字新仮名
入力者林田清明
校正者
公開 / 更新2017-01-18 / 2022-04-25
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ひと目惚れは日本では西洋ほどありふれたものではない。一つには東洋社会の特有の構造のためであり、もう一つには恋愛にまつわる多くの不幸は親が取決める早婚によって未然に防がれているからである。しかし他方で、情死がしばしば起っているが、そこにはほとんどつねに二人一緒になされているという特徴がある。これらの多くの場合は不適切な関係つまり道ならぬ恋の結末であるといえよう。とはいっても誠実かつ勇気ある例外の場合もまた存する。こちらは大概は田舎の方で起きている。このタイプの悲劇における恋愛は、少年少女の無垢で自然な友情からにわかに進展したものであり、また犠牲者たちの幼少の時期にまで遡ることができる。ところで、西欧での恋人同士の自殺と日本の情死との間には、とても意義深い違いがある。東洋の心中は苦しみに耐えきれず、衝動的で突発的な狂乱の結果ではない。むしろそれは冷静でありまた秩序だったものである。加えて、それは神聖なる儀式でもある。言い換えると心中は自らの死をもって証とする婚礼という意味合いを持っている。二人の誓約は神の前でなされ、それぞれ遺書を認めて、そして死に行くのである。これほどに意義深く聖なる誓いはあるまい。それだから、外部から妨げられたりあるいは治療を施されたりして、二人のうちの一人が死から救い出され生き残るようなことになれば、生き残った者はこの愛と名誉の神聖なる誓約に基づいて、できるだけ速やかに命を捧げるべきであるとされている。もちろん、二人がともに救い出された場合はさほど問題はない。しかし、若い女性と一緒に死ぬことを誓った後に冥土への旅を娘一人にさせた男として記憶されるよりは、刑務所に五〇年ばかり投獄されるような罪を犯した方がよほどましである。誓いを破った女はまだしも赦されもする。しかし、情死を邪魔立されて未遂となった男が一度きり不首尾に終わったからといっておめおめと生き残ろうものならば、大嘘つきや人殺し、腰抜けの臆病者それに人の顔をした畜生などと蔑まれて残りの人生を送るのが関の山であろう。私はそのような例を一つ知っている――が、ここでは東国のある村で起こった純朴な恋の物語をすることにしたい。




 その村は、幅の広い川のほとりにあるが、川は浅く梅雨時になってやっと川床が隠れるほどである。また北から南へと流れていて周囲に広がる広大な水田を潤している。西の方には山々の青い峰が連なっており、東の方には低い森の丘陵が伸びている。丘陵と村の間には八〇〇メートルほどの幅の水田が広がっていた。村の主な墓地は丘の上にあり、十一面観音を本尊とするお寺に隣接している。村は物資の主要な集散地として位置している。地方でよく見かける藁葺き屋根の人家が何百軒も連なっているが、それに加えて大きな通りには小綺麗な瓦葺きの二階建ての建物があって、店と宿屋が軒を並べていた。また、この村には…

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