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悦しき知識
よろこばしきちしき
作品ID58143
副題――停年講義(昭和三十三年九月十六日)
――ていねんこうぎ(しょうわさんじゅうさんねんくがつじゅうろくにち)
著者深瀬 基寛
文字遣い新字新仮名
底本 「深瀬基寛集第一巻」 筑摩書房
1968(昭和43)年9月25日
初出「英文学評論 第六輯」京都大学教養学部英語教室、1959(昭和34)年3月20日発行
入力者大久保ゆう
校正者日野ととり
公開 / 更新2017-01-01 / 2017-01-01
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

まえおき

 昨日は老人の日でした。その今日、停年講義をいたしますことはまんざら無意味でもないと存じます。昨日は老人の日であると同時に勤評ストの日でもありました。それから今日は今日で、私の家の近くまで市電の新線が開通しまして、私の家から大学までの通勤が何十年振りに大へん便利になりましたが、あいにくと明日から私は学校に来なくてもよくなりました。
 さて今日の講義ですが、私は何十年となくリーディングを教えて来ましたから、本来ならば英文のテキストを一二枚プリントに刷って来て、それに訳をつけると、それがいちばん正直な講義で、勤評の対象にもして貰えるわけですが、今日は聴講生の人数が未定なのでそれも無理です。実はこの六月遠方の或る大学で講義を頼まれましたので、九月にやらなければならない停年講義の予行演習でよければやりましょうと答えておきましたところ、先方はそれでもよろしいということで引き受けました。むかしの三高時代に私は文科なら二回、理科なら三回、同じ講義を繰り返したものですが、第一回目の方が誤りもあるがフレッシュで熱もあっていちばんよい。二回目になると自分で解っているつもりで説明を飛ばしたりするので時間があまって仕方がない。ところで六月の予行演習の講演を或る人がテープに取っておいてくれました。それで今日は二回目ですが、いろんな点で間違いだらけかも知れませんが、そのテープで第一回目のフレッシュなところを聞いていただきたいと思います。途中で時々黙ってしまうところがありますが、それはマイクを離れて人の名前や本の名前を原語で黒板に向って書いている時です。その時を見計って今日もなるべくスペリングを間違わないように注意してボールドに書きます。書いたものなら聞き流しでなくて勤評の対象にもして貰えるわけです。二三日前に予行演習のもひとつ予行演習を掛けてみましたところ、今の私の声よりも少くとも半年ばかりは若く聞えました。

[#挿絵]

 でまあ、私の題は、「悦しき知識」といたしましたんですが、これは、これに似た題はニーチェの本にありますけれども、私は昔読んで大方忘れてしまって、恐らくそれとは内容はてんで――勿論ニーチェ程えらい人間じゃありませんので、全然ちがうんだろうと思います。この十九世紀の、これは非常な、十九世紀というのは非常に夢のような時代であると思いますが、その後半に、つまりひろく言ってイギリスの精神文化のために戦ったと言いますか、トーマス・カーライル先生という方がおられるんですが、この方が経済学――勿論あの時代ですから、アダム・スミスをもとにしまして、経済学というものを dismal science と悪口をいって、――これはニックネームの大家で、カーライルというのはあらゆる場合に渾名をつける大先生ですから、自分の気にくわないような奴はトイフェルスドレック(悪魔の糞)と、い…

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