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明治三十四年東京帝国大学文学部卒業生に
めいじさんじゅうよねんとうきょうていこくだいがくぶんがくぶそつぎょうせいに
作品ID58147
著者小泉 八雲
翻訳者田部 隆次
文字遣い旧字旧仮名
底本 「小泉八雲全集第十二卷」 第一書房
1927(昭和2)年11月20日
入力者フクポー
校正者館野浩美
公開 / 更新2018-09-26 / 2018-08-28
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


一九〇六年五月二十六日  東京

 親愛なる學生及び友人諸君、
 私は一九〇一年の卒業生諸君の立派な寫眞、及びそれぞれの肖像に小さい索引をつけて下さつた思慮深き御親切に對して、心から御禮を申します、――その御親切は私自身のやうな近眼の者が本當に有難く思ふ事です。
 以前の生徒と友人の寫眞――過去十一年間に集まつた寫眞――を眺める事は、私に取つては、決して飽かない樂みです、そしてこの樂みの源に諸君に寄附して下さつた物は甚だ貴重な物です。
 時々私は昔教へた誰かの目ざましい報知を讀んだり、聞いたりします。その人は人の上に立つ人、――立法官、判事、陸海軍の將校、――或は成功した著述家、或は教師、或はどこか遠くの國に於て日本のための代表者となつた事を聞きます。そんな時にその人の學生時代の寫眞を眺めて、その人の青年時代の顏に、その人の特色の何かの暗示の現れて居るところを見出さうとする事は甚だ愉快な事です。
 ――數日或は數週で、諸君は學生ではなくなります、――外部に於けると同じく内部に於ても、色々未だ分らない責任や可能性によつて變形します。しかし成功を得た場合にも、大學の時代を忘れたり、それを囘想する事ができなかつたりする者はあるでせうか。私は諸君の勝利を悉く聞く事ができるかどうか分りません、――私は段々年を取るからです、しかし諸君は得意の頂上の瞬間に最もはつきり大學の經驗を思ひ出すでせう。思ひ出す時諸君は昔いつも知つてゐた妙な英語の教師の事を――親切な微笑と共に――思ひ出す事もあるでせう。そしてその時、彼は諸君と共に喜ぶ事ができなくても、諸君は明治三十四年――一九〇一年の卒業生の寫眞を贈つて、彼を甚だ幸福にした事を喜んで思ひ出す事ができませう。
 東京帝國大學文學部學生――一九〇一年の卒業生へ
永久に感謝して、心から諸君の者である
小泉八雲



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