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結婚
けっこん
作品ID58149
著者中 勘助
文字遣い新字新仮名
底本 「日本近代随筆選 1出会いの時〔全3冊〕」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年4月15日
初出「朝日評論 第一巻第一号」朝日新聞社、1946(昭和21)年3月1日
入力者岡村和彦
校正者館野浩美
公開 / 更新2018-05-22 / 2018-04-26
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 姉の死と同時に私のところの家庭はもう久しく予期された行きづまりに到著した。残されたのは頭が悪くてもののいえない七十をこした兄と六十に手のとどく私、どうにもならない。病中は私が主婦の代役をし、お見舞にきて下さる親戚やお知合いの婦人の好意に頼って凌いできたもののそれは余儀ない窮余の窮策で、いつまでも続くものでなく、続けるべきものでもない。で、私は考えてたことを実行することにした。結婚。私は誰彼に候補者の物色をお願いした。ある人は祝福してくれた。ある人は悲愴な顔をした。また他の人は意外なことが降って湧いたように仰天した。何でもないものを。結婚しないのも私の思慮なら結婚するのも私の思慮である。場合に応じて適当な生活法をとるだけのことだ、永い独身生活から結婚生活への転換はなにか際立った感じを与えるだろうけれども。皆にお願いした私の言葉はいろいろだったろうが結局条件は 健康で、善良で、地味で、兄の世話をよくしてくれる人で、少しは話のわかる人というのだった。事情が許さないから出来るだけ早く。
 なにかとひとの御厄介になって後始末に日を送るうちに姪の文枝さんと芳ちゃん兄弟が相談して話を一つもってきた。文枝さんの女学校一年以来の親友でお茶の水の専攻科を出てから三年東大の美術史を聴講した人、ある書道の大家の子飼いの愛弟子で二十年もそのほうの教師をしてるが初婚だという。書道は苦手だけれどひとが上手なのは都合がいい。本人、家庭の事情、その他よくわかってるし、兎も角一度逢ってみようということになった。併しこちらは落第しても平気だが先方は婦人のことだからというので一日文枝さんがそれとなく誘い出し口実を設けてつれてきた。間さんの奥様がおいでになりました という取次ぎに玄関へ出たら背の高い知らない人をつれている。この人だなと思って文枝さんがとり繕うように紹介するあいだにひとわたり見る。永年の教壇生活に疲れ往復の街の塵に汚れたという様子をして、粗末ななりをし、粗末なハンドバッグをさげている。後できけば ちょいと町へ買い物にゆかない? かなにかで郊外の家からつれ出されたらしい。黄疸を病んだあげく永らくお父様の病気の看護をした疲れが回復していなかったのだそうだ。私もまた久しい姉の看護とそれに続く不幸のために心身共に疲れはてている。双方化けそうに年をとったうえに見る影もなくなったところを見合ってまあ我慢しようということになったのだからまず大丈夫だろう。さあどうぞ と座敷へ案内して石摺りの手本なぞ出し話し始めたところへ来客でその日はそれだけになった。私のほうは 貰ってもいい ということで文枝さんはお友達にうち明け「琅[#挿絵]」と「沼のほとり」を貸して気心の知れるまで暫くつきあってみるようにすすめ、もう一度つれてきておいていった。お友達は巧く計略にかかった自分を思い出しておかしそうに笑った。はにか…

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