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戯曲体小説 真夏の夜の恋
ぎきょくたいしょうせつ まなつのよのこい
作品ID58152
著者谷崎 潤一郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「谷崎潤一郎全集 第七巻」 中央公論新社
2016(平成28)年11月10日
初出「新小説 第二十四年第八号」春陽堂書店、1919(大正8)年8月1日
入力者黒潮
校正者noriko saito
公開 / 更新2021-01-09 / 2020-12-27
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
山内滋   山内博士の子息
松本文造  薬局の書生
黛夢子   歌劇女優
黛薫    夢子の妹 歌劇女優
滋の父   医学博士 浅草厩橋 山内病院の院長
滋の母
其の他浅草公園の俳優不良少年少女等数人及び病院の看護婦召使等
時      現代
所      浅草公園を中心とする区域

その一 薬局室

七月下旬の或る日の夕方、書生の松本文造と山内滋とが薬局の窓の所でこそ/\と話し合つて居る。二人とも十八九歳の少年で文造の方が一つぐらゐ年長に見える。滋は色白の髪の毛の濃い可愛らしい顔立ちであるが、服装や態度に不良少年らしい様子があり、話の間にも時々袂から敷島を出して吸つて居る。文造は何処かへ出かけようとする所らしく、袴を穿いて麦藁帽子と風呂敷包みとを傍のデスクの上に置いて居る。色の黒い、肩のいかつた、しかし正直らしい顔つきをした少年。

(文造)坊つちやん、話ツてどんな事ですか。今直ぐでなけりやいけないんでせうか。
(滋)あゝ、今直ぐ話したいことがあるんだよ。少し大事な話なんだ。
(文造)いやだなあ、そんな真面目な顔をなすつて、何だか気になるぢやありませんか。
(滋)だつて全く真面目なんだもの。
(文造)さう云はれると僕の方でも是非聞きたくなりますけれど、でももう五時過ぎですからね、そろ/\夜学へ行かなけりやなりません。
(滋)夜学? 夜学なんぞ少しぐらゐおくれたつていゝだらう。
(文造 むつとしたやうに)いゝえ駄目です。どうしても六時までに行かなけりや駄目です。あなたは学校がお休みだからいゝでせうけれど、僕はさうは行きません。
(滋)おい、おい、そんなに怒らなくつてもいゝよ。お前は怒りツぽいから嫌さ。
(文造)怒りやしませんが、僕は此の頃夜学の時間がある為めに生きて居られるやうなものなんです。それをあなたは知つて居らつしやる癖に、夜学なんぞどうでもいゝツて仰つしやるから、あんまり残酷だと思つたんです。
(滋)どうでもいゝツて云やあしないよ。まだ六時には間があるから、少しぐらゐ後れたつていゝだらうと思つたんだよ。悪かつたら僕があやまるよ。
(文造)あやまつて下さらなくつてもよござんすよ。それにね、今日はいつもと違つて、どうしても後れてはならない訳があるんです。―――ですから一緒に表へ出て、歩きながら話をしませう。その方が却て都合がよくはありませんか。
(滋)あゝ、さうしてもいゝ。
(文造)それぢやちよいと五分ばかり待つて下さい。大急ぎで御飯をたべて来ますから。


その二 途上

二人は病院を出て、厩橋の電車通りを雷門の方へ、黄昏の凉しい風に吹かれながらぶらぶらと歩いて行く。

(文造)何ですか話と云ふのは? 早く仰しやつてくれませんか。僕は気になつて仕様がありませんから。
(滋)あゝ、………今話すよ。………
(文造)坊つちやん、あなたどうなすつたんです…

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