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枇杷の花
びわのはな
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本近代随筆選 1出会いの時〔全3冊〕」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年4月15日
初出「大和 第一卷第一號」大和発行所、1935(昭和10)年1月
入力者岡村和彦
校正者館野浩美
公開 / 更新2018-12-03 / 2018-11-24
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 顔を洗う水のつめたさが、一朝ごとに身に沁みて、いよいよつめたくなって来る頃である。昼過に何か少し取込んだ用でもしていると日の短くなったことが際立って思い知られるころである。暦を見て俄にその年の残った日数をかぞえて見たりするころである。菊の花は既に萎れ山茶花も大方は散って、曇った日の夕方など、急に吹起る風の音がいかにも木枯らしく思われてくる頃である。梢に高く一つ二つ取り残された柿の実も乾きしなびて、霜に染ったその葉さえ大抵は落ちてしまうころである。百舌や鵯の声、藪鶯の笹啼ももうめずらしくはない。この時節に枇杷の花がさく。
 枇杷の花は純白ではない。その大さもその色も麦の粒でも寄せたように、枝の先に叢生する大きな葉の間に咲くので、遠くから見ると、蕾とも木の芽とも見分けがつかないほど、目に立たない花である。八ツ手の花よりも更に見栄えのしない花である。
 わたくしの家の塀際に一株の枇杷がある。
 大正九年庚申の五月末、築地から引越して来た時であった。台所の窓の下に、いかなる木、いかなる草の芽ばえともわからぬものが二、三本、芥を掃寄せた湿った土の中から生えているのを見た。わけもなく可憐な心地がしたので、あまり人の歩かないような、そして日当りのよさそうな処を択んで、わたくしはその芽ばえを移し植えた。一本の芽はしばらくにして枯れてしまったが、他の一本の芽は梅らしく、又残りの一本は枇杷であることが、その葉とその枝との形から明かになったのは二、三年過ぎてからのことであった。以前この家に住んでいた人が、青梅や枇杷の実を食べて何心なくその核を台処の窓から外へ捨てたものであろう。わたくしには兎に角卜居の紀念になるので、年々その伸び行くのを見て娯しみとしていた。
 大正十二年、震災のあった年の秋、梅の若木はその時分俄に多くなった人の出入に、いつか踏み折られたまま枯れてしまったが、枇杷の芽は梅よりも伸びるのが早く、その時既に三、四尺の高さになっていた。然し震災の年から今年に至るまで月日は数えると十二年を過ぎている。わたくしは年と共にいつかこの木の事をも忘れていたが、今年梅雨の晴れた頃の、ある日である。扇骨木や檜などを植込んだ板塀に沿うて、ふと枇杷の実の黄いろく熟しているのを見付て、今更のようにまたしても月日のたつ事の早いのに驚いたのである。
 枇杷の実はわたくしが始めて心づいたその翌日には、早くも一粒をも残さず、近処の蝉取りに歩く子供等の偸み去るところとなった。夏は去って蝉は死し、秋は尽きて虫の声も絶え、そして忽ち落葉の冬が来た。わたくしは初めて心を留めて枇杷の枝に色なき花のさき出るのを眺め、そして再びその実の熟する来年のことを予想した。今年も今は既に十一月の末になっている。
 わたくしは枇杷の花を見ると共に、ふと鳥居甲斐守の逸事を憶い出した。鳥居甲斐守は老中水野越州が天保改革の時、…

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