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グローバルタワーにて
グローバルタワーにて
作品ID58173
著者福永 信
文字遣い新字新仮名
底本 「大分合同新聞(朝刊)」 大分合同新聞社
2016(平成28)年4月30日
初出「大分合同新聞」2016(平成28)年4月30日
入力者福永信
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2017-01-02 / 2017-01-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 年甲斐もなく不意に思い立った旅で、目的地も「できるだけ遠く」と決めただけで、列車に飛び乗った。
 乗り合わせた年配の男と打ち解け、膝を、文字通り突き合わせて、とりとめなく身の上話をした。名前も知らぬ行きずりの者ら特有の親しさといったところだ。
「そうですか。それは、大変だったですね。何か助言ができればいいのだが」
「いいえ。そんなつもりで言ったのではないのです」
 私は言った。昼下がり、夏の訪れを鼓舞する南国風の鮮やかな風景が、先刻からまぶしく続いている。
「こちらはそんなつもりで聞いてたのですがね」男が、顔の下だけで笑った。「話を聞いて、そこに悩みを見つけたら、解消するような知恵を授ける。年長の者のそれが、役目ですからな」
「いや、聞いてもらえただけでも、ありがたいですよ。(肩をもみほぐしながら)もうすっかり肩の荷が下りたようです」
「ふむ。そうですかな」
 そこだけ黒々と長くのびる眉の奥に、深く人生を知り尽くし、広範な視点の地平へと到達した者独特の眼光が私を鋭く射抜いた。
「どちらへ?」
と、男は着たままでいるコートからウイスキーを取り出して、言った。
「行き先を決めてはないのです。お恥ずかしい話でして。さしあたって終点までたどり着いてから、ベンチに座るなどして、宿を探して、と思っているのですが」
「では一つ、提案してさしあげましょうか。それくらいのことならできる」
 立ち上がり、網棚に手をかけた。もうどれだけ旅を共にしたのだろうか、まるで分身のような、くたびれたボストンバッグを男はかたわらに置くと、中からパンフレットを取り出した。その12ページ目をめくり、こちらへ差し出した。「老人のおせっかいだと思ってください」
「ほう、温泉ですか。これは、いい」
 平凡な目的地であり、ふだんであればまず選ぶことはなかった。しかし、かえってそんな一般的な場所に行くことが、今の自分には必要なのかもしれない、と私は思った。
「あとは勝手にやることにしましょう」男が言って、私も「そうですね」と応じた。男の顔はほんのりと赤く染まっていた。立派な鼻輪が金色に輝いている。
 車掌 本日は、御乗車くださいまして、まことにありがとうございます。お手数ですが、切符を拝見させていただきます。
 車掌は、大柄なその体を窮屈そうにひねり、影になり、日にあたりながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
 車掌 切符を拝見。
 男 どうです。車掌さんも一杯。
 車掌 勤務中ですから。
 私 はい、どうぞ。
 男 まあ、ここに座って。
 車掌 いや、いや、勤務中ですから。立ったままで。
 男 はい、切符。
 私 私も。
 男 ほら。勤務してるじゃないですか。
 車掌 参ったなあ。
 男 さあ、座って。ぐっといって。ほら私さんも。
 私 はい、いただきます。どうも。
 男 私もいただこう。
 私…

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