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ぞなもし狩り
ぞなもしがり
作品ID58175
著者円城 塔
文字遣い新字新仮名
底本 「大分合同新聞(朝刊)」 大分合同新聞社
2016(平成28)年4月30日
初出「大分合同新聞」2016(平成28)年4月30日
入力者円城塔
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2017-01-02 / 2016-12-28
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 カーテンの向こうには窓があったが、夜一色に塗りつぶされて、なにも見えはしないのである。折角奮発してみた窓つき個室も、こうしてみると意味がなかった。硝子一枚隔ててしまうと、闇は鏡と変わらなくなる。鏡は闇より厄介だから、結局カーテンで隠してしまった。
 出航がおおよそ19時、観光港着がだいたい7時ということだから、あらかじめわかっていたのである。そもそもが寝ている間の航海であり、外の景色を見たいのならば、甲板へ出ればそれですむ。実際、明石の橋と、緑に光る淡路島の観覧車とは外で眺めた。
 窓はなくてもよかったが、その場合、カーテンがなければ嫌だ。ただの壁でもカーテンさえ下げてもらえば、その背後には窓があるかも知れなくて、窓がないならなぜカーテンをかけておくのかということになる。だから窓つきの個室をとることにした。
 大阪から別府まで、瀬戸内の道を選んだ理由としては、歴史的な興味もそれとして、船が変に好きなのである。泳げないのに船好きというのはちょっと奇妙な気もするが、大きな船が沈んだ場合、泳げる泳げないはほぼ生存率と関係がない。特に冬場は水温の関係でまずすぐに死ぬ。公園のボートなどには乗らない。船好きというより、揺れ好き、であるかも知れない。飛行機なども奇妙に好きだ。新幹線はあまり好かない。本を読むと酔うからだ。バスというのもあまりよくない。車は自分では運転しない。大きな乗り物ならば、となりそうだ。地球であるとか。
 瀬戸内海ということだから、日本史上最大の街道といえる。畿内の朝廷から見ると、長い参道のような機能を果たした。中韓からこの道を進んだ奥詰まりに難波の宮を設けてみたこともある。大阪湾を懐として、両手を広げて歓迎してみせる感じか。瀬戸内海は、国外の声を伝える耳道のようなものであるかも知れない。もっともその鼓膜の奥に位置する朝廷は、白村江での敗戦をうけ、琵琶湖のほとり、大津まで宮を移して、山の後ろへ身を隠した。やや敏感すぎる小動物のような行動である。
 もっともそれは、あくまで畿内からの視点にすぎず、なにかつくりごとめいている。どうも自分が知る日本史とは違うようだと思うのだが、ではどんなものが日本であるかと問われると困る。
 フェリーにはWi−Fiもきているが、通常の4G回線もかなり通じる。世界中から暗闇が人工の光に駆逐されつつあると話に聞くが、電波の届かない領域も急速に減少しているだろうと思う。とはいえ電波とは電磁波であり、可視光もまた電磁波だから、単に人工的な電磁波網が地球を覆いつつある、ということでよいかも知れない。
 今このときに船が沈んでも、家族に電話が通じるなと思う。
「うん、今、船が沈みかけているのだ」
 とでも言うべきだろうか。
「眠いからあとにして」
 と言われるかも知れない。それでもまだ上出来だろう。留守番電話ということも大いにありうる…

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