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聖アンデルセン
せいアンデルセン |
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作品ID | 58189 |
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著者 | 小山 清 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「落穂拾い・犬の生活」 ちくま文庫、筑摩書房 2013(平成25)年 3月10日 |
初出 | 「表現 第一巻第一号(冬季号)」角川書店、1948(昭和23)年2月5日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 時雨 |
公開 / 更新 | 2019-10-04 / 2019-09-27 |
長さの目安 | 約 40 ページ(500字/頁で計算) |
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「海は凪いでいた。」と月は言った。「水は私が帆走っていた晴朗な空気のように透明だった。私は海の表面より深く下の方の珍しい植物を見ることが出来た。それは森の中の巨大な樹木のように、数尋の茎を私の方へ差上げていて、その頂きの上を魚が泳いで行った。空中高く一群の野生の白鳥が渡っていた。その中の一羽は翼の力が衰えて下へ下へと沈んで行った。彼の眼はだんだん遠ざかってゆく空中の隊商の後を逐ったが、両翼を広くひろげたまま、石鹸球が静かな空気の中で沈むように、沈んで行って水面に触れた。首は翼の間に折り曲げられた。彼は穏やかな内海の上の白い蓮の花のように静かに横たわっていた。やがて風が起って軽い水面に襞をたてた。水面はまるで大きな広い浪になって転がるエエテルででもあるように、きらきら輝いた。白鳥は首をあげた。閃々と光る水は碧い火のように胸と脊を洗った。朝の微光が赤い雲を照らした。白鳥は力づいて立上った。そうして昇る太陽の方へ、空中の隊商が飛んで行った、碧みがかる岸辺の方をさして翔けて行った。しかし唯ひとり胸に憧憬を抱いて翔けた。碧いふくらみあがる水を越えて寂しく翔けた。」
――アンデルセン「絵なき絵本」茅野蕭々訳――
[#改ページ]
お母さん、今晩は。いま、月が知らせてくれました。君のお母さんは揺椅子に凭って編物をしながら、こっくりこっくりしているって。昼間のお疲れが出たのだろうと私は返事をしておきました。お母さん、また寝間帽子ですか。私の衣裳箪笥にはあなたが編んで下さった寝間帽子が三つも入っています。私はそれを折に触れては思いつくままに取りかえて被ります。それはいろんな意味で私のオーレ・ルゴイエ(眠りの精)なのです。まず私にやすらかな眠りを与えてくれるからです。それからいい夢を見せてくれます。そうして時には溢れるほどの感興に、創作の感興に浸らせてくれるのです。こうした効果は、私は人にも訊いてみましたが、これは私の寝間帽子に限るようですね。みんなあなたが、あなたのひとり息子のハンスの身を案じながら心を籠めて編んで下さるからだと思っています。お母さん、あなたが編物がお好きで、夕食後の刻をそうしてお過ごしになっていられるのを私は喜んでおりますが、またお手紙でも「わたしは編物をしながらお前のことを思っている時が一日で一番楽しいのだよ。」と云って下さるのを嬉しく思っておりますが、それもどうぞほどほどになさって下さい。お母さんは昼間一ぱい、お働きになるのですから。夜は早くお休みなさるように。ここのところ私も早寝の習慣をつけております。私の場合は至って造作もないことで、お心尽しの寝間帽子を被ればいいのです。そうすればすぐとオーレ・ルゴイエが私を夢路へ誘ってくれるのです。お母さんはいま編物をお片づけになりましたね。ええ、月がおしえてくれたのですよ。古い馴染みの、そうして気のおけない友…