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前途なお
ぜんとなお
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「落穂拾い・犬の生活」 ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日
初出「表現 第二巻第三号」角川書店、1949(昭和24)年3月1日
入力者kompass
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-08-03 / 2018-07-27
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 金沢イエは私の父の浄瑠璃の弟子である。短い間であったが内弟子に来ていたこともあった。私は小学校の五年生位だった。イエはそのとき十五位だったろう。あれは稚児輪というのだろう、絵に見る牛若丸のような形の髪に結っていた。またそれがよく映った。色白で眼の涼しいイエは子供の聯想で牛若丸のように私の眼に映った。イエがその日から家に来るという日、学校から帰るとすぐ私はイエの姿を求め、台所で用をしていた母に、「イエちゃん来た?」と問いかけ、用をしていて母が咄嗟に口のきけなかった、返事を渋った短い間を、私は頬のあからむ思いをした。
 私は寝起きがよくなかった。朝寝床の中でぐずぐずしていると、よく采配と箒を持ったイエが起しに来た。私はわざとぐずついて「おめざは?」そんなことを云ってイエを困らせた。
「清さんが起きないと、お掃除が出来ません。」
「なんだい、まだ早いじゃないか。じゃ、もう十分……八分、五分。」
 イエは困ったように笑いながら、
「いけません。兄さんはとっくに起きていますよ。」
 私はずるくイエの顔を窺って、
「それじゃあ、竹の子剥ぎをして。」とわざと大きい声をした。
 イエは睨むように私の顔を見て一瞬黙ってしまった。いつかやはりイエが私を起しにきて、私がいつまでも起きないので、「じゃ、竹の子剥ぎをしますよ。」心得顔でそんなことを云って、私が寝ているまま上から蒲団を一枚ずつ畳んではそれを押入へ仕舞った。小柄なイエは蒲団を押入へ仕舞い込むのにひどく持て余し骨を折った。私は寝たままそれを、その立膝をした後姿を見ていた。紅い根掛の眼に沁みる小さい髪の動くのを見ながら、私はうっとりとした気持を味わった、――イエはあの時気づいたのだ、私が見ているのを。
 私の家の玄関には大きい姿見が据えてあった。子供の私はよくその前にいって佇んだ。自分の顔を映して見ては子供心に自信のない思いをした。私はそんなにお洒落でもなかった。また私は決して早熟な少年ではなかった。私は自分の無器量が悲しかったのではない。ただその頃の私には妙に自分の顔がへんに愚かしく見えて仕方がなかったのだ。友達の誰も彼もがみなちゃんとした顔をしているのに、自分の顔はなんだかへんだ、可笑しい、出来損いだ、私は独り肩身の狭いような思いをした。一つは私が絶えず家の者から叱られてばかりいたせいであったろう。あるとき、茶の間の集いでふと、私がよく姿見の前に佇んでは自分の顔に見とれているということが話題に上った。祖母は私を愛していなかった。祖母は下品な洒落を口にして家内の者を笑わせた。祖母はまた露骨に私の容貌の欠点を指摘して私に極りの悪い思いをさせた。厭味な悪口で子供は大人に勝てるものではない。祖母の意地悪には私はべそをかいてしまった。そのとき、(私は神の寵児なのかも知れない)天より声があった。「清さんは額が広いから、いまにきっと…

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