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わが師への書
わがしへのしょ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「落穂拾い・犬の生活」 ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日
初出「東北文学 第三巻第十一号」河北新報社、1948(昭和23)年11月1日
入力者kompass
校正者酒井裕二
公開 / 更新2019-03-06 / 2019-02-22
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 それは一冊の古ぼけたノートである。表紙には「わが師への書」と書いてある。あけると扉にあたる頁に「朝を思い、また夕を思うべし。」と書いてある。内容は一人の少年が「わが師」へ宛てて書き綴った手紙の形式になっている。これも青春の独白の一つであろう。以下その中の若干をここに抄録する。


 先生、僕、ふと思うのですが、先生は鳥打帽がお似合いではないかしら。なんだかそんな風に思えてなりません。唐突にこんなことを云って、可笑しな奴だとお思いですか。でも、僕、いつも先生のことを想うときには、先生はきっと鳥打帽が似合うに違いないと独断してしまうのです。鳥打帽の似合うお年寄りは、僕好きです。僕はいまとても嬉しいのです。到頭先生に話しかけることが出来たということが。僕は至って小胆者で人と朝晩の挨拶を交わすことさえ満足に出来ない奴です。先生だからこそ、しょっぱなからこんな風に始められたのです。僕は先生には何んでも聴いて戴けるような気がします。僕はみんな話します。僕がどんな奴だか、追々お分りになるでしょう。

 中学校の入学試験の際、口頭試問で将来の志望を問われた時、医者になりたいと僕は答えました。家の親戚に親切なお医者さんがいたのです。僕は子供心にそういう人になりたいと思いました。死んだ母もそれを望んでおりました。その後教会に行くようになってから、牧師になりたいと願うようになりました。信仰を失ってからは小学校の先生になろうかと思ったりしました。いまは、……無能無才、ただこの一筋につながる気持です。辺幅を飾らず、器量争わず、人を嘲わず、率直に「私」を語る心こそ詩人のものだと思います。僕の好きな一人の詩人の名を云ってみましょうか。ハンス・クリスティアン・アンデルセン。
 死んだ母は僕に身分に不相応な小遣いをくれたものでした。僕はろくに読みもしない癖にいろんな本を買ったものでした。アンデルセンの自叙伝の英訳本もそのうちの一つでした。僕はおぼつかない語学の力で読んで行きました。表紙は浅黄色で、まん中にアンデルセンの首があって、そのまわりに天使や動物や花や玩具の絵が一ぱい描いてありました。背は濃い緑色で上の方に金文字で“Andersen by himself”と印刷してありました。小型のいい本でした。母の死後僕はそれを他の本と一緒に売り払ってしまいました。僕はいまひどく惜しい気がしています。……あの本があったらなあ、あの可憐な、慎ましい魂は僕の心を慰め、勇気を与えてくれるであろうに、一刀三礼、僕は心を籠めて訳してゆくものを。最初の一頁はいまでも暗誦しています。アンデルセンはその生涯を綴るに際して、こういう一行からはじめました。
“My life is a lovely story, happy and full of incident.”
「私の生涯はひとつの可憐なお伽噺です、幸福な、そ…

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