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私は隠居ではない
わたしはいんきょではない
作品ID58230
著者吉田 茂
文字遣い新字新仮名
底本 「「文藝春秋」にみる昭和史 第二巻」 文藝春秋
1988(昭和63)年2月25日
初出「文藝春秋」文藝春秋新社、1962(昭和37)年2月号
入力者sogo
校正者フクポー
公開 / 更新2018-01-01 / 2018-01-01
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 いやどうも、ごらんの通り元気でね、この分では当分死にそうもありませんよ、困ったもんです。呵々。丈夫だ丈夫だと云われるんですがね。いくら丈夫でも、焼跡の煉瓦塀みたいに、ただ丈夫だというだけじゃあ仕様がないんでね。何んかの役に立つんでなくちゃあ……。まあ、生きている限りは、お国のお役に立ちたいと思ってるんですがね。
 文藝春秋は毎号拝見していますよ。といっても実はあまり雑誌や本を読まないんでね。表紙だけは毎号確かに見ていますがね。これが現代の画の代表かと思って見ていますよ。画はあんまり判りませんがね。
 大体、文藝春秋は厚くって重過ぎるんでね。読もうと思っても、手がくたびれちまう。イギリスの紳士の資格というのを聞いたことがあるが、ライディング(馬に乗ること)にシューティング(銃猟)にドリンキング(酒を飲むこと)でしたかね。リーディング(本を読むこと)なんて含まれていませんよ。
 大分以前のことだが、皇太子殿下にお眼にかかることがありましてね、その時、今の話を申し上げて、読書なんてことは、あまりなさらないでも宜しい、と申し上げたら、お付きの宮内官が渋い顔をしていましたがね。呵々。
 あなた方は、毎月毎月、来月は誰に頼もうかってことをやってるわけですか。それが、商売とはいえ、御苦労なこったな。私があなた方のような立場になったとしたら、とても本は出来ませんね。ナニ? 誰々、あれはつまらん奴だ。では誰々、あんなバカに何が書ける。誰々? あれあ、書かなくったって云うことは判ってる、って具合で、頼む相手が無くなっちまうと思うんだが、そうはなりませんかね。よく毎月頼む人があるもんですね。
 元の首相と会って話をしないかというんですか? そんな暇はありませんよ、首相なんて大体バカな奴がやるもんですよ。首相に就任するや否や、新聞雑誌なんかの悪口が始まって、何かといえば、悪口ばかりですからね、この世にこんな大バカはないように書かれますよ。あなたんところだってそうでしょう。そんなバカばかり集まって話をしたって面白かろうはずがないじゃありませんか。
 元首相というと、誰がいるのかな……、ああ、東久邇さん、あの方の内閣に私は初めて外務大臣として起用されたんで恩誼があるんですがね。あの方は大正の後半、ヨーロッパに来ておられてね、私もイギリスにいた頃で、侍従武官の溝口伯爵が私と縁続きでもあり、前から懇意にしていたもんだから、チョイチョイお眼にかかることがありましたがね、なかなか聡明で直感力も確かだし、お考えになることが鋭くてね、皇族にもこういう方がおありかと感心させられたものでしたがね。
 その次が幣原さん。幣原さんは死んじゃったし、それから私となるわけだが、私は御承知のように、なりたくってなったわけでないので、鳩山君の追放のあと頼まれてなったわけでね。暫くの間というようなつもりだったが、…

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