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作品ID | 58233 |
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著者 | 林 芙美子 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「林芙美子全集 第五巻」 文泉堂出版 1977(昭和52)年4月20日 |
入力者 | しんじ |
校正者 | 阿部哲也 |
公開 / 更新 | 2018-06-28 / 2018-05-27 |
長さの目安 | 約 24 ページ(500字/頁で計算) |
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いつものやうに、ハンカチーフ一枚で朝湯に飛び込んだ。どこかのお神さんらしい一二度、この風呂で出逢ふ女が、もう、小太りな、眞白い躯を石けんで流してゐた。向うもつんとしてゐるから、こつちもつんとしてゐる。男湯の方は馬鹿に森閑としてゐた。房江は一人でのびのびとあをむけに湯につかつて、高い天井を眺めてゐた。熱くもなく、ぬるくもなしの湯かげんで、これが電氣で沸くのかと、房江はうつとりとなつて、まづ氣持ちのいゝ湯かげんに滿足してゐるうちに、今朝がた別れた厭な男のことも、もやもやと心のなかから消えていつてしまふのだ。
どやどやと硝子戸が開いて、二三人、賑やかな女の聲が番臺の方でしたかと思ふと、間もなく、背の高い女がさつと淺黒い躯でしきりの硝子戸を足で押して這入つて來た。
「空いてるよツ」
あとからも、二人ばかり、話のつゞきなのか、
「殺されるのはかなはないけどさア、何だわねえ……一寸、興味があるわねえ」
「だつて、裸にされて、首をしめられるの厭だわア」
「それがさア、いゝんだつて云ふンぢやアない? その男、四人も殺してるンだつて凄いわねえ……」
喋くりながら、二人とも小桶を鷲づかみにして、ざアざアと湯をつかつた。
「住友のお孃さんをかどはかしたのだつてさア、面白い事件だわねえ……汽車へ乘つたり、宿屋へ泊つたりしてるのに、よく、十二三にもなつて、のめのめとついて行つたものねえ、汽車でも、宿屋でも、何とか、助けてくれつて人に云へなかつたのかしら?」
「よつぽど面白かつたのよ。その男、きつと何とかうまいのよ。さいみん術にかゝつたみたいなのねえ」
「十二三ぢやア、無理なのぢやない?」
「何が?」
「何がつて……」
三人ともわアと笑ひ出した。
房江も笑つて皆の方を向いた。
「あら、あンたもう來てたの?」
房江と同じやうに、後からはいつて來た三人も、ハンカチーフ一枚の組。手拭なぞ、誰も持つてはゐない。パアマネントは、明るい浴場では馬鹿にごみつぽく見える。唇は眞紅、眉墨はとけて流れるやうに長く描いて、どの顏もみな似たりよつたりのメーキアップだ。
しきりの硝子戸から、番頭がのぞいて、
「壽屋のお神さん、按摩さんが來ましたよ」
と、流しの方へ聲をかけた。ぱアと明るかつた朝陽がかげると、あたりにじわじわと湯氣が立ちはじめて、雨もよひのやうな陰氣な光線に變つた。
「あら、このお風呂、按摩さんゐるのかしら?」
「ゐるンでせう……」
すると背の高いのが、
「をばさん、こゝに按摩さんゐるンですか?」
と先客の、さつき「すぐ、上りますよ」と返事した女に聲をかけた。
「えゝ、頼めば來てくれるンですよ」
「まア、何處で揉むンです?」
「二階で、揉んでもらふ部屋があるのよ」
「あら、いゝわねえ、あたいも揉んでもらはうかしら……をばさん、按摩さんいくらとるンですか?」
「十五圓がきまりね…