えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
従軍行
じゅうぐんこう |
|
作品ID | 58277 |
---|---|
著者 | 夏目 漱石 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「漱石全集 第十二卷 初期の文章及詩歌俳句」 岩波書店 1967(昭和42)年3月30日 |
初出 | 「帝國文學」 1904(明治37)年5月10日 |
入力者 | フクポー |
校正者 | きゅうり |
公開 / 更新 | 2020-01-05 / 2019-12-28 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
一
吾に讎あり、艨艟吼ゆる、
讎はゆるすな、男兒の意氣。
吾に讎あり、貔貅群がる、
讎は逃すな、勇士の膽。
色は濃き血か、扶桑の旗は、
讎を照さず、殺氣こめて。
二
天子の命ぞ、吾讎撃つは、
臣子の分ぞ、遠く赴く。
百里を行けど、敢て歸らず、
千里二千里、勝つことを期す。
粲たる七斗は、御空のあなた、
傲る吾讎、北方にあり。
三
天に誓へば、岩をも透す、
聞くや三尺、鞘走る音。
寒光熱して、吹くは碧血、
骨を掠めて、戞として鳴る。
折れぬ此太刀、讎を斬る太刀、
のり飮む太刀か、血に渇く太刀。
四
空を拍つ浪、浪消す烟、
腥さき世に、あるは幻影。
さと閃めくは、罪の稻妻、
暗く搖くは、呪ひの信旗。
深し死の影、我を包みて、
寒し血の雨、我に濺ぐ。
五
殷たる砲聲、神代に響きて、
萬古の雪を、今捲き落す。
鬼とも見えて、焔吐くべく、
劍に倚りて、眥裂けば、
胡山のふゞき、黒き方より、
銕騎十萬、※[#「くさかんむり/奔」、U+83BE、470-14]として來る。
六
見よ兵等、われの心は、
猛き心ぞ、蹄を薙ぎて。
聞けや殿原、これの命は、
棄てぬ命ぞ、彈丸を潛りて。
天上天下、敵あらばあれ、
敵ある方に、向ふ武士。
七
戰やまん、吾武揚らん、
傲る吾讎、茲に亡びん。
東海日出で、高く昇らん、
天下明か、春風吹かん。
瑞穗の國に、瑞穗の國を、
守る神あり、八百萬神。
――明治三十七年五月十日『帝國文學』――