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青年僧と叡山の老爺
せいねんそうとえいざんのろうや
作品ID58312
著者若山 牧水
文字遣い新字新仮名
底本 「仏教の名随筆 1」 国書刊行会
2006(平成18)年6月20日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-08-24 / 2019-07-30
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 一週間か十日ほどの予定で出かけた旅行から丁度十七日目に帰って来た。そうして直ぐ毎月自分の出している歌の雑誌の編輯、他の二三雑誌の新年号への原稿書き、溜りに溜っている数種新聞投書歌の選評、そうした為事にとりかからねばならなかった。昼だけで足らず、夜も毎晩半徹夜の忙しさが続いた。それに永く留守したあとのことで、訪問客は多し、やむなく玄関に面会御猶予の貼紙をする騒ぎであった。
 或日の正午すぎ、足に怪我をして学校を休んでいる長男とその妹の六つになるのとがどやどやと私の書斎にやって来た。来る事をも禁じてある際なので私は険しい顔をして二人を見た。
「だってお玄関に誰もいないんだもの、……お客さんが来たよ、坊さんだよ、是非先生にお目にかかりたいって。」
 坊さんというのが子供たちには興味を惹いたらしい。物貰いかなんどのきたない僧服の老人を想像しながら私は玄関に出て行った、一言で断ってやろう積りで。
 若い、上品な僧侶が其処に立っていた。あてが外れたが、それでもこちらも立ったまま、
「どういう御用ですか。」
 と問うた。
 返事はよく聞き取れなかった。やりかけていた為事に充分気を腐らしていた矢先なので、
「え?」
 と、やや声高に私は問い返した。
 今度もよくは分らなかったが、とにかく一身上の事で是非お願いしたい事があって京都からやって来た、という事だけは分った。見ればその額には汗がしっとりと浸み出ている。これだけ言うのも一生懸命だという風である。何となく私は自分の今迄の態度を恥じながら初めて平常の声になって、
「どうぞお上り下さい。」
 と座敷に招じた。
 京都に在る禅宗某派の学院の生徒で、郷里は中国の、相当の寺の息子であるらしかった。幼い時から寺が嫌いで、大きくなるに従っていよいよその形式一方偽礼一点張でやってゆく僧侶生活が眼に余って来た。学校とてもそれで、父に反対しかねて今まで四年間漸く我慢をして来たものの、もうどうしても耐えかねて昨夜学院の寄宿舎を抜けて来た。どうかこれから自分自身の自由な生活が営み度い。それには生来の好きである文学で身を立て度く、中にも歌は子供の時分から何彼と親しんでいたもので、これを機として精一杯の勉強がしてみたい。誠に突然であるけれど私を此処に置いて、庭の掃除でもさせて呉れ、というのであった。
 折々こうした申込をば受けるので別にそれに動かされはしなかったが、その言う所が真面目で、そしてよほどの決心をしているらしいのを感ぜぬわけにはゆかなかった。
「君には兄弟がありますか。」
「いいえ、私一人なのです。」
「学校はいつ卒業です。」
「来年です。」
「歌をばいつから作っていました。」
「いつからと云う事もありませんが、これから一生懸命にやる積りです。」
 という風の問答を交しながら、どうかしてこの昂奮した、善良な、そしていっこくそうな青年の思…

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