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老人と鳩
ろうじんとはと
著者小山 清
文字遣い新字新仮名
底本 「日日の麺麭・風貌 小山清作品集」 講談社文芸文庫、講談社
2005(平成17)年11月10日
初出「小説中央公論 第三巻八号」中央公論社、1962(昭和37)年7月21日
入力者kompass
校正者酒井裕二
公開 / 更新2019-04-10 / 2019-03-29
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 老人は六十二になった。右半身が不自由だった。右腕が痛かった。でも、だんだん少しはよくなった。歩きだしてしばらくすると右の肺が痛かった。熟っとしていると、痛みは消えていった。三十になる頃、心臓が肥大していた。息切れがひどかった。六十になった時には、杖を引いていた。野桜の杖である。ちょっと手頃である。いつか、愛していた。野原の野桜である。
 ……ある日突然に倒れた。口がきけず、ものが言えなくなった。それっきり、五十三か四か、五か分らなくなっていた。肩が凝るということが、全然なくなった。性慾がまた、全然なくなった。始めは、お茶、水、小便、うんこ、の言葉しか言えなかった。食うことは平気で食べた。女はあの日から、二年目に別れた。子供は持たなかった。
 老人は家を引越した。そこは六畳と、四畳半の板の間と、小さい台所で、小さい庭があった。野原の外れである。誰も音沙汰がなかった。
 小鳥、魚の言葉が言えた。すぐ近くに大きな池があって、
「小鳥と魚は取ってはいけません。」と建札が書かれていた。
 馬鹿は言えた。けれども、白痴、は言えなかった。また、自動車、は言えなかった。老人、これは言えた。正しく年老いた老人である。
 春は三月の中旬に野桜が咲いた。野桜は見事であった。大きな池の傍に老人はベンチに腰を下した。ここは人々が来る場所ではなかった。池には葦が茂っていて、雀が鳴いていた。マガモが雌雄で游いでいた。鮒が游いでいた。ベンチに腰を下し、池を眺めてじっとしていたが、二時間から三時間はかかっていた。
 夏は小さい庭の桃の実が生った。桃の実は一昨年は五拾個で去年は四拾個で、今年は六拾個であった。甘かった。紫陽花は小さい茎を植えたのだが、四年に始めて花を開いた。大きな池では水すましが游いでいた。蜻蛉、蝶が飛んでいた。蝉が鳴いていた。夜、池では蛙が鳴いていた。
 秋は枯野原に可憐なコスモスが咲いた。小さい川が流れていた。ボール、牛乳の空瓶、運動靴、棒切れ、下駄が流れていた。小さい橋の上で疲れてしゃがんでいることが多かった。よしきりばしと言っていた。なかなか名が分らなくて参った。そのうち、いつか、読めた。
 冬は家の庭で日向ぼっこをしていた。窓硝子を開放していた。野原の一軒家で、誰も来なかった。空は青空であった。陽は照っていた。庭の寝椅子に腰を下していた。じっとしていた。垣根越しに土や石や木が、目を少し閉じると、不思議な光景がまざまざ見られた。橋の池、線路、土蔵、樹々の梢、賑な街……。目を開けるとどうもないのだ。夜、寝ると、床をのべて、頭を少し下げて目を閉じて、ほんの僅か、祈るのだ。基督教徒の信者に似ていた。
 すこしまえに、黒猫が住みついた。牡であった。目は黄色であった。ばかに大きかった。もそもそしていた。朝に晩に魚を食べた。老人が日向ぼっこをしていると、黒猫は縁側で目を閉じていた…

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