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暗黒星
あんこくせい
作品ID58333
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「暗黒星」 角川ホラー文庫、角川書店
1994(平成6)年4月10日
初出「講談倶楽部」1939(昭和14)年1月号~12月号
入力者入江幹夫
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2022-10-21 / 2022-09-26
長さの目安約 191 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

恐ろしき前兆

 東京旧市内の、震災の大火にあわなかった地域には、その後発展した新しい大東京の場末などよりも、遥かに淋しい場所がいくつもある。東京のまん中に、荒れ果てた原っぱ、倒れた塀、明治時代の赤煉瓦の建築が、廃墟のように取り残されているのだ。
 麻布のK町もそういう大都会の廃墟の一つであった。震災に焼きはらわれた数十軒の家屋のあとが、一面の草原に取り囲まれるようにして、青苔の生えた煉瓦塀がつづき、その中の広い地所に、時代のために黒くくすんだ奇妙な赤煉瓦の西洋館が建っている。化けもの屋敷のように建っている。
 明治時代、物好きな西洋人が住宅として建てたものであろう。普通の西洋館ではなくて、建物の一方に、やはり赤煉瓦の円塔のようなものが聳えているし、建物全体の感じが、明治時代の、つまり十九世紀末のものではなくて、それよりも一世紀も昔の、西洋画などでよく見る、まあお城といった方がふさわしいような感じの奇妙な建物であった。
 そこは大きな屋敷ばかり並んだ町に囲まれているので、めったに通りかかる人もないような、大都会の盲点ともいうべき場所であったが、もしわれわれが道にでも迷って、その西洋館の前を通ったとすれば、突然夢の世界へはいったような感じがしたに違いない。ああ、これが東京なのかしらと、狐につままれたように思ったことであろう。それほど、その場所と建物とは、異国的で、現代ばなれがしていた。
 年代をはっきりしるすことは差し控えるが、ある年の春も半ばのどんよりと曇った夜のことであった。その奇妙な赤煉瓦の建物の中に、五、六人のしめやかな集まりがもよおされていた。といっても、廃墟に巣くう盗賊などのたぐいではない。その西洋館に住む家族たちの集まりなのである。この古城のような建物には、人が住んでいたのだ。奇人資産家として人にも知られた伊志田鉄造氏一家のものが住んでいたのだ。近所の人はその伊志田氏の姓を取って、この怪西洋館を「伊志田屋敷」とも「伊志田さんのお城」とも呼んでいた。
「お城」には五、六人の家族と、三、四人の召使いとが住んでいるらしかったが、夜になれば、どの窓も明りが消えて、建物全体がまっ黒な大入道のように見えた。昼間でも、「お城」はひっそりと静まり返っていて、建物の広いせいもあったのだろうが、二階の窓に人の影の映ることも稀で、そとからはまるで空き家のように感じられた。時たま窓から人の顔などが覗いていると、なんだか物の怪のように無気味で、通りかかる付近の人を怖がらせるほどであった。
 そういうお城の中の、一ばん広い客間に、五、六人の人影が、声もなく腰かけていた。電燈は消えて、まっ暗な闇の中に、それらの人影はほとんど身動きもせず、じっと静まり返っていた。
「兄さま、どうなすったの? 早くしなくちゃあ……」
 闇の中から可愛らしい少女の声が、叱るような調子で響いた。
「…

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