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和州地名談
わしゅうちめいだん
著者柳田 国男
文字遣い新字新仮名
底本 「柳田國男全集20」 ちくま文庫、筑摩書房
1990(平成2)年7月31日
初出「奈良叢記」駸々堂書店、1942(昭和17)年1月10日
入力者フクポー
校正者木下聡
公開 / 更新2020-05-08 / 2020-04-28
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「さらぎ考」という論文を、『大和』誌上に見出した時から、私はいつかは一度、大和の地名という問題を考えてみたいと思っていた。明治十九年以前にできた地理局の小地名調査は、奈良県の分は相応に綿密で、自分もその中から若干の抜萃をして持っていたのだが、誰かに貸してあって今は利用し得ない。そうしてその原本は焼けてしまったのである。控えが県庁にあるか、あるいはまた分散してそれぞれの町村にでも伝わっているか。とにかく地名は決して一地限りで生まれたものでない以上、比較ができなければ本当の意味はわからぬと同時に、比較によって思いがけないことを発見し得る望みもある。私がこれを日本民俗学の練習に、利用してみようとした動機はそこにあった。しかも大和は最もこの方法を説きやすく、かつ多くの人の関心をこの方面に、集注せしめやすい国ではないかと思っているのである。
 最初私はもっと弘い地域、たとえば中国一帯とか奥羽六県とかにわたり、また時にはわざと懸け離れた遠方の土地から、似寄ったたくさんの地名を拾い集めて来なければ、この比較の事業は完成せぬように思っていたが、それは現実にそう容易な試みではない。地方の学者の免れがたい弱点は割拠であった。えらい人でも他所の事は知らない。またそれでよいものと心得ている。その反動としては、たまたま少しばかり外の事実を手に入れると、釣合いもなくそれに価値を置き過ぎる。結局全国をまんべんなく、見渡し得る時まで待たなければならぬのである。ところで大和で地名を考えてみようとする場合ばかりは、そうまで待ち遠しい思いをせずとも、ここだけでも若干の成績が挙げられそうな気がする。少なくとも地名が一民族の文化史の上に、どれくらいの発言権をもつかを見究めるだけは可能であって、従って他所の類例を捜す熱意と、それを判別する鑑識とを養い、ある程度孤立の不利を補い得るかと思う。自分は余力が乏しくて何の助勢もできそうにないが、将来地名研究の新機運が、特に大和の地に興らんことを期しまた念じている。



 地名が千年以上の治乱盛衰を貫いて、切れまもなく活きて働き続けていた実例を、大和のように顕著にまた数多く持っている地方は、内外を通じて実は稀なのである。単に昔の記録に見えているというだけなら、あるものはもっと古くまた詳しいかも知れず、それを現在に当てはめて疑いなくここのことだと、立証し得るものも多いかは知らぬが、中古久しい間書冊とは縁がなく、言葉はただ口から耳へ、授受していた人の住んでいたことを考えると、そんなのは復活でありまたは再認識であって、長く地名の生きていた例にはならぬのである。古代大和人の血脈が絶えず、大きな移住もなく入替りもなくて、前代後代が順ぐりに、始終話頭に上せていたればこそ、この記憶は永く続いたので、同じ文化の連鎖は地名のみと言わず、あるいは今一段と奥底に横たわるもの…

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